燈籠祭の

あの夜から早や四日が過ぎた。

令宣は甲冑を身に帯びた姿で朝日の射し込む西跨院の居間に立っていた。

その容姿は孤高で近寄り難い。

十一娘は堪らなくなってその胸に飛び込んだ。

「旦那様…」

令宣は妻の耳元で悪戯っぽく囁いた。

「もう一度お前を抱きたかったな」

十一娘は潤んだ瞳で夫を仰いだ。

「旦那様…」

令宣はアハハと大きく笑うと再び囁いた。

「だがあれ以上抱いたらお前を壊してしまう」

十一娘は今朝まで何度も睦み合い交わった姿が脳裏に蘇って頬を赤らめた。

「もう…旦那様ったら恥ずかしい事を仰らないで」

「誰も居ない…皆遠慮して何処かへ行ってしまった」

二人の周りには一人の使用人も居らずひっそりと静まりかえって居た。

「十一娘、またお前に苦労をかけるな」

「それこそ無用のご心配です」

「母上も高齢だ…暫くの間お前が面倒を見てやってくれ」

「旦那様、お任せ下さい。後の憂いは無き様に…」

令宣は柔らかく微笑んで妻の頬を撫でた。

「お前に任せていれば安心だな。私も全力で任務に邁進出来るというものだ」

「それよりも…」

「ん?なんだ…何か心配事か?」

「旦那様が心配です。タタールの捕虜の事です。国境警備隊は捕虜の女子に仕えさせると聞きました」

令宣はにんまりと笑った。

「つまり…私が捕虜の女を抱くと心配してるのか?」

「そんな!旦那様はそんな方じゃありません。旦那様の事は信じています。ただ…草原の女子はとても美しいと聞いています…身の回りの世話をさせているうちに、旦那様も男子ですから、、そのう、ふらふらっと…心に乱れが…」

「あははははは…」

令宣は大笑した。

「嬉しいな。お前が妬いてくれるのは」

ぐっと十一娘を引き寄せると強く抱き締めた。

「そんな事はあり得ない。私は遼東と遼寧の部隊を組織するが、捕虜のうち女子供は捕虜同士の交換で真っ先に解放するつもりだ。軍隊に女子が居るのは良くない。規律の乱れになる。私に関して言えば今回も私の身の回りの世話は照影に任せる…徐府は静かになるな」

十一娘の顔が明るくなった。

「旦那様…旦那様がそう仰るなら私は安心です」

令宣は現金な妻を見て笑った。

「お前は何処に出掛けても良いが萬大顕だけは傍から離すなよ」

十一娘は微笑みながら頷いた。

「はい、承知しています。旦那様のお言いつけを守ります」


徐府の正門には、早々と家族全員が打ち揃っていた。

大夫人は令宣の手を握り締めていた。

「令宣、任務を全うしたら早く帰って来ておくれ。

何より怪我をするんじゃないよ…それを考えると私は夜も眠れないんだよ」

令寛が横合いから口を挟んだ。

「母上、四兄上は大将ですから余程の事がない限り戦闘の場に立たなくてもいいんですよ。背後で作戦を練って指揮しておれば良いのです」

大夫人は呑気者の五弟に眉を顰めた。

「令寛、お前は戦に行った事がないからそんな軽々しい事をお言いだよ。令宣の苦労も知らずに…」

令宣は笑って間を取り持った。

「母上、確かに令寛の言葉にも一理あります。今の部隊には第一線で活躍する若い武人が集結していますから…その若い武将達を私も信頼しています。どうか心配なさらず夜はゆっくりお休み下さい」

大夫人は切ない目をして息子の手を握った。

「そうかい…じゃあ気を付けて行って来るんだよ」

暖々が近づいた。

「お父様!」

令宣は腰を落として暖々を抱き締めた。

「暖々…祖母上の言いつけを守るんだぞ」

「はいっ!!」

耳元で聞かされた暖々の声は令宣の耳がきーんとなる位大きかった。

令宣の目が点になった。

「…大丈夫そうだな。その元気で家族を守ってやれ」


「あなた…」

暖々の隣から十一娘が手を差し出した。

その瞳は切ない色に染まり、その手はやはり冷たかった。

令宣は自分の温もりを与えるようにその手を握り締めた。

彼女の掌から令宣の掌へと香袋が渡った。

実に凝った美しい刺繍が施されていた。

令宣は香袋を腰に着けると愛おしげに妻を見詰めた。

「行ってくる…」