柳公が此処に来た理由が知りたい。
「一刻の猶予もないぞ令宣。このまま明日にでも閣議で示されればお主には断れまい」
大夫人は狼狽えていた。
令宣は一点を見つめて頭は目まぐるしく考え続けていた。
どうすればいい…
どうすれば暖々を護れるのだ。
「先程奥方が尋ねられたな。私がどう考えているのかを…」
令宣ははっとして手を組み頭を下げた。
「柳公、何卒お教え下さい!」
「既に貴公らの娘が早々に決断していると知らぬのか」
「柳公、それは…一体?」
令宣には柳公の真意が全く見えなかった。
「柳公!仰る意味が!?」
「わははは…儂は孫の柳愈が可愛くてな…今四川の謹習書院に通っておる。そろそろ十一歳になる」
「先月この爺が孫の顔を見に行ってやったのだ。その時お主らの娘の話が出てな…まだ幼いと云うのに孫と約束を交わしたと云うのだ」
「は?」
令宣の鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔を見て柳公は大笑した。
「わははは…令宣、お主が知らぬのか」
令宣は思わず十一娘を振り返った。
「どういう事だ…」
十一娘も顔色を失った。
「旦那様…」
「令宣、奥方を責めるな」
令宣の頭は忙しなく回転した。
柳公は断じた。
「とにかくだ。子ども同士の約束だとは言え約束は約束である。違えてはならない。我々大人が盾になって守ってやらねばな」
その頃になってやっと令宣は頭が追い付いて来た。
「分かりました閣老…つまりこれは公にしていない婚約と考えて差支えありませんか?…婚約者が居るなら太子妃候補から外して貰えます!」
「そうだ…但し閣議の内容は既に陛下にも伝わっているだろう。明日陛下に詮議された場合淀みなくこの婚約について説明出来なければ陛下から疑いの目を向けられる。忽ちお主の忠誠が問われて厄介な事になる。子ども同士の他愛ない口約束などと言えば一笑に付されるのが落ちだからな。ここで双方の家同士婚約をはっきりさせて置かねばならない…更に何か、確証になるような物があれば幸いだが…」
十一娘が恐る恐る口を挟んだ
「柳公様…」
「奥方、遠慮なく申されよ」
「柳公様、実はお孫様が四川に出立される際に娘はお孫様からご本を頂戴しました。また娘は手ずから刺繍した御守り袋をお孫様にお贈りしました。その中に文も入れたようです」
柳公は感嘆した。
「ほお…!それは確たる物証ですな」
令宣はまじまじと妻を見た。
いつの間にそんなやり取りが交わされていたのだ?
柳公は令宣の顔色には頓着せず話し出した。
「万一この話が疑われた場合その物証は確実に役に立つだろう。令宣、どうかな?我々が子や孫の婚約の証人だ」
令宣が声を発する前に大夫人が柳公に平伏して頼んだ。
「柳公様、お頼み申します!何卒お孫様との婚約をお許し下さいませ」
隣に十一娘が座り込み同じようにひれ伏した。
「立ちなさい立ちなさい」
柳公は両方の腕を持って二人を立ち上がらせた。
柳公は大夫人の腕を支えて顔を覗き込んだ。
「儂は孫が可愛い。貴女も孫が可愛い。同じく孫を持つ者同士。そうじゃありませんか?」
大夫人は感動の余り目に涙を浮かべていた。
これぞ天の助け。
「儂も孫から聞いた。貴女の孫は実に虚心坦懐。誠を尽くす天性の徳を持つ女児だと。孫の目は確かだ。儂はそれを信じる…実に愉快だ。わはははは…」