注)前半部分は過去記事からの引用あり
後半部分に性描写あり。苦手な方は注意⚠
令宣達が徐家へと戻って来た。
二人になると令宣は沈黙した。
十一娘も声を掛けるのを憚った。
気まずい。
けれどどうにかして私の気持ちを伝えなければと十一娘は焦った。
何より旦那様には返せない程の恩があるのだ。
十一娘は令宣に西跨院でお茶を差し上げますので一緒においで下さいと頼んだ。
「旦那様、羅家の葬儀に協力して下さって本当にありがとうございます。お陰で羅家は体面を保つ事が出来ました。このご恩は一生忘れません」
「我々夫婦は一心同体だ。どのような時も力を合わせればいい。そう遠慮するな」
昨日旦那様は私達夫婦について何事も包み隠さず話すと二姉に言った。
彼の考える理想の妻がそうであるなら私はそうあるべきだと十一娘は考えた。
正直にありのままを話そう。
「昨日二姉が言った事ですが…私が婚約から逃げた話。旦那様に説明したかったのに機会が無くて…」
彼女の口から真実を告げられるのが怖い。
令宣は遮った。
「もう過ぎた事だ。言わなくていい。今日は他に用がある」
そう言って腰をあげた。
それでも十一娘は続けた。
「二姉の言った事は本当です。最初は旦那様とも誰とも結婚するつもりはなかったのです。それで逃げました」
「だからお前は母の死が徐家に関係があると分かった時、自分の心を押し殺してわたしのところに嫁いで来たのだな」
十一娘は嘘をつけなかった。
「はい・・・最初はそうだったのです」
「だから私が犯人だという証拠を見せられた時お前は戸惑いもなくそれを信じたんだな」
「・・・」弁解の余地もなかった。
あの頃は自分の目も心も方向違いのところを目指していた。
「お前の中で・・私は信頼に価しない男だったからお前は私を信じなかったんだな」
「ごめんなさい旦那様、私が悪かったんです」
犯人を見つけ法の裁きを受けさせその後は徐家から出て自由になる事。
あの頃はそれが目標だった。
結婚、妾、なさぬ仲…そんな煩わしさから自分は一歩抜け出した人生を歩むのだと安易に考えていた。
それが令宣をどれだけ傷付ける事になるのか考えが及ばなかった。
自分が令宣に愛される事など夢にも思わなかったせいでもある。
十一娘は二姉以上に身勝手だった自分を責めた。
「つまり今までお前はただ自分の慚愧の念を償うために今に至ったという事か」
十一娘は小さく首を振って答えた。決してそうではないのに彼に分かって貰える言葉が見つからない。
「お前の心の中で・・私は一体何だ?」
「いいえ、分かっています。旦那様はいつも私に良くして下さっています。私が旦那様を傷付けた時でも庇って下さいました。守って下さいました。全て私のせいです。私が旦那様の気持ちを無にしました」
令宣はもどかしかった。
聞きたかったのは感謝でもなければ謝罪の言葉でもない。どうしてそれが彼女には伝わらないのか。
「お前にあるのは感謝と謝罪だけか・・そうなのか?」
彼女はかんざしを揺らしながら頭を振って否定した。瞳は哀しげに濡れていた。
令宣は薄い溜息をひとつつくと十一娘に背を向けて西跨院の居間を出て行った。
旦那様が出ていってしまった・・
このままではいけない。
はっとした十一娘は衣を翻しながら令宣を追いかけた。

令宣が前庭から出るとそこに長男の諭が待っていた。
諭は父に丁寧な挨拶をした。
「半月畔に行ったのですがいらっしゃらなかったのできっと此処だと思って来ました」
「そうか」
「父上、今日は母の誕生日です。母さんのところへ会いに行って貰えませんか?・・あ!」
諭が令宣を追いかけてきた十一娘に気付いてまた丁寧に挨拶をした。
「母上!」
令宣は十一娘に気付かないふりをした。
「誕生日か。では会いに行こうか」
「ありがとうございます!父上」
令宣は諭の手を取って文姨娘の居所の方角へ歩き始めた。

令宣の後ろ姿を呆然と見送っていた十一娘に冬青がのんびりと言った。
「奥様あ、旦那様、行っちゃいましたよ」
旦那様は一度も私の方を見て下さらなかった。。
振り向きもせず文姨娘のところへ行ってしまわれた。
身体に力が入らない。
旦那様はもう私に愛想が尽きたのだろうか。
心を薄黒い雲が覆う。
この気持ちは誰とも分かち合えない。
一人になりたかった。
「・・花園に散歩に行って来る・・」
冬青は空模様を見上げた。
「え~、奥様もう雨が降ってきそうですよ!・・どうしても行くんなら早く帰って来て下さいね」
十一娘はふらふらと一人花園に向かって歩いた。

文姨娘の居所には食卓に豪華な食事が準備されていた。
カタカタと音がしてご馳走の皿が次々に並べられる。
「旦那様、今日はお時間を取って頂いてありがとうございます」
着飾った文姨娘が令宣の盃に酒を注ぐ「どうぞお召し上がり下さい」
令宣は盃を上の空で口に運んだ。
「旦那様、今日は沢山召し上がってお身体の疲れを取りましょう」
文姨娘はそう言うとまた一杯注いだ。
「さあ、召し上がって下さい。今日は旦那様のお気に入りを沢山用意致しました」
ふと気づくと目の前の卓には食べ切れない量の山海の珍味が溢れていた。
「さすがにこの量は二人で食べ切れないだろう・・諭は何処へ行ったんだ。諭を呼ばないのか?」
文姨娘はばつの悪そうな顔をした。
「あ、諭、諭ちゃんは課題がありますのでまた後で来ます。旦那様もご存知のように諭ちゃんは昔から勉強に熱心でしょう?・・」
その時稲光がかっと部屋を照らす。一瞬遅れて低い雷鳴が聴こえてきた。
令宣は窓の方を見ると独り言のように言った。
「雨が、降りそうだな・・」
さっき十一娘を一瞬だけ振り返った。
彼女がふらふらとした足取りで一人花園の方へ歩いて行く姿が見えた。
花園で雨に合うのではないか。
令宣は後悔していた。
彼女は確かに過去を悔いていた。
それなのに厳しい言葉で彼女を追い詰めた。
私を追って来たのにまるで当てつけのように此処へ来てしまった。
あの危うい足取りが目に焼き付いて離れない。
先程よりも激しく雷鳴が轟き閃光が令宣の横顔を照らし出した。
文姨娘が何かを話している。
「・・旦那様・・いつも公務でお忙しく・・せっかくのお休・・のに・・雨も降り・・ですし・・今夜は此処に泊まって行かれては?」

物思いに沈んだ令宣の耳にその声は届いてはいなかった。

十一娘は花園の蓮池の中央にある六角堂に一人佇んで居た。
ふらふらと行きつ戻りつしながらも脳裡に浮かび上がるのは令宣の言葉。
“お前にとって私は信頼出来る人間じゃなかった。だから私を信じなかった”
「違う・・違うの」
“だからお前は私に感謝と申し訳ない気持ちしかないのだ”
違うんです…
十一娘の頬に激しい後悔の涙が流れる。
令宣が苦悩に満ちて紡いだ言葉のひとつひとつが十一娘を苦しめた。
遠雷さえ聞こえないほどに彼女を打ちのめしていた。
彼は命懸けで私を愛してくれたのに私は彼の気持ちに応えようとしなかった。
閃光が走り同時に雷鳴が激しく鳴り渡った。
その光と音に彼女ははっとした。
「旦那様は急に出掛けたから雨に降られてしまう!傘を届けに行かなければ!」
慌てて来た道を引き返そうと走りかけ、そして気付いた。
彼女は頬の涙を指先で払い自分で自分を笑った。
「ふふ・・馬鹿ね。どうして忘れるのよ。彼は文姨娘のところに居る。私が心配しなくても・・」
私が彼を文姨娘のところに追いやったようなものだ。
後悔が波のように押し寄せる。
力の入らない身体で六角堂から出ると突然烈しく雨が降って来たが彼女は構わず歩き続けた。
烈しい雨は人の気持ちなど押し流すように容赦なく彼女の身体を打った。
彼はもう私を嫌いになったかも知れない。
彼の愛を失ったかも知れないと思うと恐れに似た感覚が彼女を襲う。
今頃になって気づくなんて。
旦那様が離れて行くのがこんなに怖いなんて…。
はっとした瞬間足がよろめいて躓き石畳に手をついて倒れてしまった。
痛みを覚えて手の平を見ると擦り剥いて血が滲んでいる。
打ち付ける雨に濡れながら痛みはそのまま心の痛みのようだった。
冷たさと惨めさが心にのしかかる。

その時、突然頭上に傘がさしかけられた。
もしや旦那様!?
傘の下から見上げた。
「奥様~!」
何やってるんですかあ?とあきれたような顔をして立っている冬青がいた。
十一娘はがっかりして再び力が抜けた。
冬青は倒れたままの彼女を何とか助け起こそうとするが十一娘は身体に力が入らない。
その時。
ふっと身体が宙に浮いて彼女はあっと小さく悲鳴を上げた。
「何をぼんやりしているんだ」
十一娘は令宣に抱き上げられていた。
令宣は彼女を抱いたまま雷雨の花園をずんずん抜けて西跨院の方角へ進んで行った。

文姨娘は折角もてなそうとした料理を置いて突然令宣が帰ってしまったので不審に感じて侍女に彼の跡を追わせた。
食卓に頬杖をつくと一人つまらない顔で呟いた。
「折角銀子をかけて作った料理なのにね・・・」
暫くして帰って来た秋紅が言いにくそうに報告した。
「旦那様は花園に奥様を迎えに行かれ西跨院に向かわれました」
さすがに奥様を抱いて行かれたとまでは言えなかった。
それでも文姨娘は激怒した。
「なんですって!?旦那様が帰っていったのは・・十一娘の為だと言うの?」
ガシャーン!
文姨娘は怒りに任せて卓上にあった皿を床にぶちまけた。
「許さない!・・あの羅十一娘、日頃私に難癖を付けるのはいいとしても・・あの女のせいで文家の配当金も無くなったと言うのに!今日は私の誕生日なのよ!それなのに・・許さない!!」

令宣は寝室へ入ると彼女を寝台にそっと降ろそうとした。
けれど十一娘は令宣の首に巻付けた腕を解こうとはしなかった。
仕方なく彼女を抱いたまま語りかけた言葉は囁きに近かった。
「雨が降っているのに何故外に居るんだ。私が行かなかったらいつまで濡れているつもりだったんだ」
「文姨娘の誕辰祝いに行かれたんじゃなかったんですか。どうして花園に・・」
「あそこに居て欲しいのか?」
激しい雨音と雷鳴は続いていた。
十一娘は黙って令宣にしがみついていた。
「さっき言った事・・少し言い過ぎた。あまり気にするな・・もう遅いから早く休みなさい」
彼女の手首を優しく取ると自分の首から外そうとした。
持った手首を見て血が滲んでいる事に気付いて問うような眼差しで彼女を見た。
薬を取りに立ち上がろうとした令宣の手を十一が両手でしっかりと捕まえた。
行かないで下さい…
懸命に訴える眼差しが令宣を捉えた。
「私に蟠りが残っているのは分かっています。聞きたくなくても言わせて下さい。ごめんなさい…貴方を傷つけました。本当に後悔しています…心が痛いです・・」
彼女は泣いていた。
彼の為に泣く彼女の涙は見たくなかった。
令宣は心が軋みそれ以上言うな…もう泣かなくていいと言おうとした。
「何処にも行かないで下さい!貴方を失いたくありません」
令宣は目を見開いた。
彼が最も聞きたいと願っていた言葉だった。
今確かに彼女は私を欲していると言った。
令宣は彼から一瞬も目を離さず赦しを乞う十一娘の傍らにそっと座った。
「旦那様、赦してくださいませんか?・・」
もう既に赦しているではないか。
今それ以上の答を手に入れた。
信じられないほどに彼女が愛しい。
雨粒が洗い涙に濡れた清らかな彼女の素顔をこの上なく優しい指先で拭った。
妻の頬を両手で包み込み心の命じるままに口づけをする。
稲光りが二人を照らし口づけは徐々に深さを増していく。
その激しさに彼女は瞼の裏に火花が飛び散ったような幻を覚えて身体が小さく震えた。
それでも彼から離れまいとして十一娘は令宣の背に回した指に力を込めた。
狂おしいほどに互いを求める心だけがそこにあった。
令宣は唇を離すと安心させるように囁いた。
「大丈夫・・もう大丈夫だ」
最早そこに疑いはない。
令宣は十一娘に再び深く口づけた。

口づけがこれ程心を震わせるものだとは知らなかった。

彼の愛の深さは口づけを通して身体の奥底にまで到達した。

令宣は口づけたまま十一娘をそっと寝台に横たえた。

重みをかけないよう細心の注意を払うのは親鳥が雛を抱えるのに似ていた。

恐れを知らない舌使いが彼女の口唇を開かせ強かに侵入した。

令宣の行為は今彼女とひとつとなりたいのだと大胆に望みを伝えることだ。

十一娘も懸命に応えようと、ためらいを捨てた。

恥じらいに震えながら恐る恐る。

それは令宣に痺れるような喜びの波紋をもたらした。

絡み合う舌と舌は最早どちらがどちらとも分からない。

十一娘の襟元がほどかれて真珠色に光る鎖骨が令宣の目に初めて晒された。

これは運命なのだと十一娘の胸は早鐘を打つ。

彼の唇は唇を離れ顎から喉元へとゆっくり進んだ。そして彼が開いた胸元から現れた白く輝きしっとりと掌に馴染む双丘に辿り着いた。

令宣は目を奪われ感嘆せずにはおれなかった。

「なんと…美しいのだ」

思わずその桃の蕾に手を触れ愛撫した刹那だった。

十一娘は快感に抗えず眉を寄せて吐息を洩らした。

その甘い響きにはそれまでわずかに残っていた令宣の理性を砕く力があった。

押し寄せる快感に堪える表情は彼の欲望をさらに掻き立てる。

しかし令宣は粉々になった理性を掻き集め踏みとどまり彼女の身を案じる言葉を絞り出した。

「怖くはないか?」

十一娘はかぶりを振った。

「いいえ…怖くなどありません」

「本当にいいのだな?無理強いはしたくないのだ」

十一娘は今度こそ羞恥を捨てて切なる願いを訴えなければ彼にこの気持ちは伝わらないのではないかと怯えた。

「いいえ…旦那様を愛しています。あなたの本当の妻になりたいのです」

そう言うと令宣の身体にしがみついた。

ついに令宣の最後に残っていた理性の綱は解かれた。

敏感な部分に時間をかけて口づけし十分彼女の身体が潤ったことを確かめ、それから長いあいだ令宣の動きは止まらなかった。