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福寿院の広間に再び立たされた父娘は朝とは打って変わりキョロキョロと落ち着きがなかった。
十一娘が語りかけた。
「黄檗村の黄さん」
「はい…」
返事する声にも張りがない。
「真相が分かる明日まで屋敷に居て欲しいと申し上げたのに、もう村に帰りたいと?」
黄忠は急に開き直った。
「もう沢山です。疑われながらじゃ娘が可哀想で可哀想で…侯爵様に娘の貞操をお捧げした挙げ句、疑われては我々立場がありません。侯爵様のご家族にこうまで冷たくされたんじゃもう故郷へ帰るしかないでしょう?けれどね此処まで来るのにも馬車代に大枚をはたきましたよ。黄蘗村までの帰りの旅費だけでもお借り出来たら…とさっきは家職さんにそうお願いしたんですよ…」
「帰る村はもうないぞ」
十一娘の耳に突然夫の声が聴こえた。
「旦那様!!お帰りなさいませ!」
「令宣!」
大夫人が驚いて立ち上がった。
「母上」
令宣は大夫人に挨拶すると十一娘を詐欺師から守るかのように肩を抱いた。
「黄蘗村は先年山津波の被害で廃村になった。生き残った村人達は近郷の村々へとうに移り住んでいる。黄忠とやら、その村で私をもてなしたとか言ったな?お前は廃墟で幽霊でも見たのか?狐に取り憑かれて化かされたのだな」
黄忠は鶏になったかのように吃った。
「ここここ…こ侯爵様…」
顔色は紙のように白くなっている。
反対に夕梨は頬を桃色に染めてぽーっと令宣に釘付けになっていた。
やだ…いい男じゃない…比べるもんじゃないけど侯爵が月なら黄忠は良くて厠のゲジゲジってとこね。
あ〜…このままあたしを妾にしてくれないかしら…
この人に抱かれたらあれやこれや全部してあげる〜
妄想するうちに自然と唇をすぼめて口づけされる態勢になった。
だがそうはいかなかった。
「私の屋敷でよくぞ詐欺を働けたものだな黄忠よ、お前達を詐欺の現行犯として捕縛する」
令宣が合図すると刑部の官憲が数名雪崩込み有無を言わさず二人を連行していった。
その捕物を見守っていた令寛と丹陽はまたもや不謹慎に目を輝かせて令宣の傍へと駆け寄って来た。
「四兄上!お早かったんですね!」
「四兄上様、お帰りなさいませ!」
「令寛、丹陽。留守役ご苦労だったな」
「苦労されてたのは四姉上ですよ…それより今の逮捕劇は一体?」
活劇の好きな令寛は興奮醒めやらぬ様子で尋ねた。
十一娘は夫を座らせると湯呑みを手渡した。
令宣は茶で一服喉を潤すと語り出した。
「今の二人は最近南京から流れて来た詐欺犯だ。この都でも数件被害が確認されている。今朝萬大顕が知らせに来てくれたので一足先に都入りしたのだ」
丹陽が興奮気味に胸を張った。
「四義姉上!やはり私の言った通りでしょ!」
十一娘は持ち上げた。
「そうね丹陽。流石だわ」
令宣は続けた。
「あの二人は長年美人局で荒稼ぎをして来たのだ。仲間から情報を仕入れ金持ちを狙ってな。主犯はあの男で女はその情婦だ」
大夫人が魂消て目を丸くした。
「何?父娘じゃないのかえ?」
「ええ、女は幼い頃人買いに売られ十二歳頃にはもう今の男と一緒になって美人局を働くようになったようです」
十五、六としか見えないあの娘は世の中の辛酸を舐めて育ったのか。
十一娘は光の当たらない世の裏側を垣間見たようで暗澹たる気持ちになった。
十一娘の心の内を察したのか令宣は妻の手を握りしめた。
「気にするな…お前はよくやってくれた。お前が引き留めてくれなければ取り逃すところだった。捕まらなければ更に罪を犯していたのだ。男はどうしようもない小悪党だが、女は刑部でも情状酌量される可能性はある」
「やり直せるでしょうか?」
「本人次第だな…」
その夜の西跨院は十日ぶりに夫婦の暮らしが戻り十一娘はいそいそと湯殿の支度に余念がなかった。
衝立の外からぴょこっと顔を覗かせて夫に尋ねた。
「旦那様?湯の加減は如何ですか?」
「丁度いいぞ。十一娘、お前も一緒に入れ」
そ…それは流石に…
「は…恥ずかしいです…」
「何が恥ずかしいのだ。夫婦だろう。早く」
令宣は湯舟から立ちあがって十一娘の手を引っ張った。
令宣の身体から湯が滴り落ち湯気が立ち昇る。
きゃあ、旦那様立ち上がらないで下さい…旦那様のあれが、あれが…まともに…見えちゃいました。
その後、湯殿には湯気と共にあられもない吐息が立ち昇ったのは云うまでもない。