十一娘は朝餉の粥を大夫人によそっていた。

部屋付き女中頭に杜乳母が尋ねた。

「南蓮院の二人はどうして居る?」

「はい、朝餉を堪能した上、男親はお酒まで所望しました」

杜乳母は小声で憤慨した。

「礼儀知らずな…朝っぱらから」

大夫人は粥を半分ほど食べ終えると匙を置いて口元を拭いた。

「は〜…あのような理由の分からない者たちがいきなりやって来て我が徐府を騒がすとはねえ…」

十一娘は湯呑みに茶を注いだ。

「お義母様、それも明日までのご辛抱です…明日旦那様が帰宅なされば全て解決します」

「そうあって欲しいものだなあ…」

「お義母さま、ご安心下さい」

十一娘は大夫人の手を取って慰めた。

そこへ令寛と丹陽が入って来た。

「「母上、四義姉上、おはようございます!」」

「おはよう…二人共お座り」

食卓に加わると令寛は不謹慎な笑みを浮かべた。

「母上、四義姉上、聞きましたよ!」

丹陽は眉を寄せて嫌悪感を露わにしていた。

「四義姉上!きっと新手の詐欺師です!徐家の銭が目的に決まってます!」

「令寛殿と丹陽にまで心配を掛けて申し訳ないわ」

「四義姉上のせいじゃありません。私達が勝手に

面白がって……あわわ」

令寛は慌てた。

「おい、丹陽」

大夫人は苦笑いをしながら二人を嗜めた。

「なんだね、お前達は…冷やかしに来たのかい?」

居間は笑いに包まれた。

「それにしても十一娘、お前は真に平常心だな…見上げたものだよ」

「お義母様、旦那様は本当の君子ですもの。巡検の最中に接待を受けてお酒に呑まれるなど考えられません」

「そうだな…十一娘の云う通りだよ」

令寛も丹陽も頷いた。


そこへ白家職が飛び込んで来た。

「大奥様、若奥様…厄介な事になりました」

「どうしたの?」

「例の二人ですが男親のほうが自分達は監禁されているなどと騒ぎ出しまして村へ帰りたいから金を出せと無茶な要求を…」

「侍衛達を連れて行って。此処へ二人を連れて来て…逃げられないように」

「はい、若奥様。見張りは付けてあります」

白家職が出ていった。

「逃げられたらそれこそ厄介です。外で旦那様に不利な噂をばら撒かれたら旦那様の立場がない」

大夫人が額に手を当てた。

「あいよ〜、そんな事になったら令宣に顔向けが出来ない」

「お義母さま、安心なさって下さい。旦那様が帰宅されるまで大人しく南蓮院に居るならともかく、騒いで金銭の要求をするなら尻尾を出したも同然です」

大夫人ははたと膝を叩いた。

「成る程、そうだな!」


南蓮院では自称黄檗村の黄忠と夕梨がだらしなく朝餉のおかずの残りを摘んでいた。

黄忠は酒の残りを舐めながら零した。

「おい、予定が狂ったな…こんなところに閉じ込めやがってよう…」

「ふん、あんたがろくに調べもせず入るからだよ」

夕梨は娘でもなければ夕梨と言う名も無論偽名だ。

「大抵の家ならあの手の話を出せば銀子を出して追っ払おうとするもんだがな」

夕梨はカカカと空笑いをした。

「うちの旦那様に限って…とこうだもんね」

「よっぽど堅い奴なんだな…徐侯爵って奴あ…銀子たんまり貰って退散…の当てが外れたぜ」

夕梨は着物の裾をからげ片膝を立てた。

真っ白い太腿の内側まで露わになり黄忠はゴクリと喉を鳴らした。

夕梨は素朴な娘の演技をかなぐり捨ててとろりとした流し目は色気に溢れていた。

「ちょっと興味あるわ…女房に義理立てして据え膳の生娘も抱かないなんて…」

「へん、そんな奴この世に居る訳ないぜ。」

夕梨は淫らな妄念で目をキラキラと輝かせた。

「こんな大家でカネもあるのにさ〜…おまけに大将軍と来たもんだ…どんな男なのかな〜ウフフ…いっそ抱かれてあたしの虜にしてやりたい」

黄忠はじろりと睨めつけた。

「止めとけ、お前みたいなあばずれ相手にするもんか」

「なんだってえ!」


ガタンっと扉が開き侍衛を引き連れた白家職が現れた。

「大奥様と若奥様がお呼びです」