「あん、痛いです〜」
先程から何度も吸い出しているのに
妻の指先からその大きな棘は抜けなかった。
令宣は指先を傷つけまいとして懸命に吸っていたのだが抜けないのでつい揉んでしまい妻に痛いと言われてしまった。
見かねて桔梗が口を挟んだ。
「旦那様〜太医をお呼びしましょうか?」
「う〜ん、そうだな…」
十一娘は反対した。
「旦那様駄目です。劉太医はお忙しいのにこんな小さな事でお呼びしてはいけません」
棘は抜いてやりたいが令宣にとって大事な十一娘の可憐な指先が年配の太医に触られると想像するだけで血が逆流しそうになる。
「そうだ!駄目だ絶対」
それでもう一度懸命に吸い出そうと頑張るが埓が開かない。
ずっと夫に吸われていた十一娘の指先は朱く染まってふやけている。
懸命に吸う令宣のその姿に明々も桔梗もニヤニヤが止まらず二人して吹きそうになるのを必死でこらえていた。
面白がる二人の視線を感じて十一娘は身を捩るほど恥ずかしかった。
うっかり旦那様に見つかったのがいけなかった。
「旦那様、何とかなります。旦那様もお忙しいのに…もういいんです」
「そうはいかん。悪化して刺繍が出来なくなったらどうするんだ……そうだ!思い出したぞ」
令宣は妻の右の掌を握り締めたまま閃いた。
「何をですか?」
「医女だ。私の知り合いの医女が居る!そこへ行こう」
「もしかして先月屋敷に逗留なさっていた方ですか?」
「そうだ。よく分かったな」
「医女は数少ないので覚えていました」
令宣は早速十一娘を馬車に押し込めると團医師と娘尹清が営む医館へと急いだ。
医館の玄関に令宣が立つと尹清が気付いて走り寄って来た。
「侯爵!」
「尹清、久しぶりだな」
尹清は令宣を満面の笑みで出迎えた。
尹清は嬉しかった。
きっと忙しい中を縫って私達に会いに来てくれたのだ。
「侯爵、やっと来てくれたのね。先日は開院のお祝いを下さってありがとう!」
「どうだ?医館は」
「順調よ。侯爵が紹介してくれた患者も通って来てくれてるわ。父は今往診に行ってるの」
「そうか、それならいい…ところで今患者を診れるか?」
「いいわよ、今丁度診察が途切れたところだから」
「妻を連れて来ている。診てやって欲しい」
「奥様を?」
令宣は外に出ると徐家の馬車まで戻り手を差し伸べて十一娘を降ろした。
あの時の若い女性だ。令宣が周りも憚らず口づけしていた女だ。
近くで見るとやはり少女のような雰囲気を漂わせている可愛い女性だった。
彼女は済まなさそうに挨拶してきた。
「お世話になります」
診察室に入って話を聞いて尹清は呆れた。
大事そうに馬車から降ろして大層に扱うものだからどんな重病を発症したのかと思いきや。
「棘を抜いてやってくれ」
「はあ?」
「トゲだ、棘…」
奥方は隣で顔を赤らめて恥ずかしがっていた。
なんて大袈裟な…トゲひとつで。ははは…
尹清は後ろの棚から茶色い瓶を下ろして来た。
「ちょっと熱いけど我慢してね」
「はい」十一娘はコックリと頷いた。
内心嘲笑しながらも尹清は硝子瓶から薄茶色い液体を匙に取り出すとランプの炎で温め十一娘の指に塗った。
令宣が心配そうに横から覗き込む。
「どうだ…熱いか?」
冷まそうと息まで吹いてやっている。
尹清は鼻で笑った。
ふん、どんだけ過保護なのよ…。
十文銭を指に当ててぎゅっと押すと真ん中から棘の先がニュッと出てきた。
尹清は竹のハサミで摘まむと器用に抜いた。
「はい、抜けた。後は舐めときゃ治るわよ」
令宣はさっと十一娘の手を取るとその指を舐めた。
「甘いな」
尹清は令宣の一連の動きを見てドン引きした。
呆れた、ホントに。
人前で奥さんの指を舐める?
「蜂蜜よ。甘くて当たり前!」
尹清は心の内で叫んだ。
それより甘いのはアンタよ徐令宣!