「はっ…!!」
十一娘は小さく叫ぶと上掛けをはねて飛び起きた。
違う!…ここは徐家の西跨院。
その声に令宣が目覚めた。
「どうした!?十一娘」
令宣も起き上がった。
「…はぁ…大丈夫です…何ともありません…」
令宣は妻の肩を抱くと心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫じゃないだろう…冷や汗をかいている」
令宣は自分の袖を持って十一娘の額を拭った。
「…怖い夢でも見たんだな?」
頷いた十一娘の瞳は遠くを見るように霞んでいた。
「旦那様…お起こししてすみません。夢で昔の…板打ちを思い出しました…」
令宣は謝る妻を胸に抱き寄せて髪を撫でた。
「折檻されたのか?」
「はい…幼いころ…十二の歳が最後ですが…」
「痛かっただろう…お前の事だ。折檻されるような真似はしていない筈だ…さぞ辛かっただろう…」
「はい…もう忘れた筈なのに…まだ心に残っているんですね」
「可哀想に…よしよし…大丈夫だ、私がついている」
令宣が背中を撫でて子どものようにあやしてくれる。
その嬉しさと安心感に先程までの黒い雲は跡形も無く消えて十一娘の頬に笑みが浮かんだ。
令宣は妻の身体をそっと布団に横たえた。
「鳴いた烏がもう笑ったな…」
愛おしい…令宣は妻の滑らかな頬に指を滑らせた。
十一娘は夫の腕枕で囁いた。
「うふふ…旦那様のお陰です。旦那様、お起こししてごめんなさい…もう一眠りなさってくだ…」
みなまで言い終わらないうちに十一娘の唇は令宣によって塞がれていた。
夜明け前の暗がりの中で彼の唇が強く正直に愛を伝えてくる。
そして彼の指先は正確に彼女の弱点を知る。
抗えない波に弄ばれて十一娘の身体の中心から熱く溶けた何ものかが解き放たれた。
令宣の引き締まった身体が熱っぽく訴えかけてくる。
「十一娘…愛している」
十一娘が応える声は揺れて掠れていた。
「旦那様、私…幸せです」
愛の音律が支配する睦み合いは深まって明け方の引き潮と共に鎮まると二人の心を豊穣で満たした。