【恋心63話の翌日】


朝目覚めた時、同じ枕に十一娘の艶艶しい頬があった。

その瞳は閉じられていて微かに寝息が聴こえる。

共寝して初めて自分のものとなった滑らかな肌をいくら愛おしんでも足りないのに

朝の光が差し込み無情にも彼女の瞼を照らす。

けれど焦る必要はない。


「これからは毎朝旦那様と一緒に朝餉を食べて旦那様を見送ります」


起きぬけの十一娘の約束は令宣に劇的変化をもたらした。

その日朝参すると何時も鹿爪らしい顔で必要以上に口を開かない令宣が会う官僚毎ににこやかに挨拶するものだから区励行などは不審感を露わにした。

「徐令宣はいよいよ結党か?」と見当違いの警戒をした。


令宣は朝参前に照影に命じておいた。

半月溿の寝室にある物を全て西跨院に運ぶように。

照影が使用人を動員してせっせと運んだので半月溿の寝室の戸棚はがらんとした。

無論、奥様が旦那様の為に作った靴や衣服は照影が気を付けて運んだ。

旦那様が特に大切にしている物だからだ。


照影は嬉しかった。

これらを運ばせると云う事は旦那様がこれからは奥様と離れないと云う徴だ。


今まで孤独に耐えている旦那様を間近で見て来た。

過去に正室も妾も居たけれど旦那様の顔には喜びというものがなかった。

旦那様は望んで独りの夜を過ごされていた。

折角都に戻って来たのに、軍営に三日と置かず泊まって屋敷に帰らない事も多かった。


旦那様に変化が訪れたのは今の奥様が輿入れされてからだ。

徐々に屋敷に居られる日数が増えて明るい顔の旦那様を初めて見た。

照影には奥様は旦那様が初めて愛された人なのだと分かった。

でも歯痒いことに旦那様の気持ちはなかなか奥様に伝わらなかった。


奥様に関わるうちに旦那様は血を流すような散々な目にも遭われた。

見ていて辛かったが、念じていた通り旦那様の想いは遂に奥様に伝わった。

嵐が過ぎ去ったあとの今朝の旦那様は今までで一番生き生きとしておられる。

照影は旦那様の布団を担ぎながら嬉しくてついニヤニヤとしてしまうのだった。


途中、文姨娘に遭遇して聞かれた。

「何処へ運ぶの?」

西跨院に運ぶと返事をすると無言で睨まれたが平気だ。


十一娘は次々と運ばれて来る令宣の荷物をてきぱきと指図をしながら片付けた。

十一娘は張り切っていた。

旦那様が此処で快適に過ごせるようにしたい。

「琥珀、旦那様のお好きな龍井茶の新茶を水屋に用意しておいて頂戴」

「はい、奥様」

次は香炉を点検して言った。

「旦那様が落ち着く香りを焚きたいわ…何がいいかしら」

「奥様、随分気遣ってらっしゃいますね!」

冬青にからかわれた。



その日、旦那様は帰宅すると直接西跨院へ足を運ばれた。

西跨院の寝室の様子を確かめると好しと頷かれた。

「照影、今日から食事も此処で取る」

照影は畏まった。

「はい!厨房には既に言い付けてあります」

令宣はにっこりとした。

「上出来だ」

今日から本当の夫婦の暮らしが始まるのだ。