「いたたたた…」

昨夜からお腹の調子が悪いのだ。

桔梗はお腹を撫でさすった。

その様子を見ていた明々が見透かしたように言った。 

「桔梗、また食べ過ぎ?駄目だよ女の子が…」

「またって何だよ…またって」

「今日は冬青さんが付き添ってくれるから良いもののホントだったら桔梗が仙綾閣に行かなきゃ…でしょ?」

「トホホ…」

女中部屋にコロンと横になってると外から萬大顕の野太い声がした。

「お〜い…大丈夫か〜?」

明々が出ていった。

「大丈夫じゃないみたいよ…今横になってる」

「これ…桔梗に」

萬大顕が差し出したのは白い陶器の薬瓶だった。

「若奥様からだ。食あたりの薬だ。十粒程入ってるから日に三回一粒づつ飲めとさ」

明々が部屋に向かって声を張り上げた。

「桔梗!聴こえた〜?」

「うん、ありがとう…」

「ほんじゃ俺は奥様を仙綾閣まで送って来る…また様子見に来てやる」


部屋に戻った明々が薬を手渡しながら桔梗を冷やかした。

「桔梗〜…萬大顕やたらあんたに親切じゃん」

「バカ言ってないで明々も早く西跨院に行きなよ。仕事が待ってるよ」

「ふっふっふ、桔梗でも照れるんだね」

「早く!」

明々はヒヒヒと変な声を発しながら嬉しそうに出ていった。


仰向けになっていると部屋の小窓から青空が見えた。

その青空にぽっかり浮かんだ白い浮雲がゆっくりゆっくりと彼方へと消えてゆく。


さっき飲んだ奥様の薬がじんわりと効いて来たのかお腹の痛みは徐々に引いて来た。

じっとしてるのが性に合わない。

早く動き回りたい…

あの雲…万頭みたい…

ぼ〜っと観ていたら昨夜眠りが浅かったせいかついウトウトとしてしまった。

……………

…… …

「おい…」

「おいっ」

ハッと気がつくとすぐ目の前に萬大顕の顔が迫っていた。

「ぎゃあ〜〜〜っ❗」

桔梗の大声に萬大顕は飛び退いて慌てて周囲を見回した。

「びっくりさせんなよ!」

「びっくりしたのは私よ!萬大顕、奥様を送りに行ったんじゃなかったの?」

「桔梗、いつの話してんだよ…もうとっくに昼は過ぎたぞ」

「ええっ!そんなに?」

「様子見に来たらお前死んだように眠ってるし…驚いてちゃんと息してるのか確認しようとしたんだ」

桔梗はは〜〜〜っと盛大に息をついた。

「はあ〜そんなに爆睡してたんだね、あたし」

萬大顕は桔梗の目の前に盆を置いた。

小鍋と梅塩や漬物の小皿が載っている。

「持ってきてやったぞ…粥だ。食えるか?」

「あ、うん、ちょびっと食欲出て来たかも」

「そうか…じゃゆっくり食べて治せ…ほんじゃな」

桔梗は立ち上がった萬大顕の後ろ姿に向かって礼を言った。

「ありがとう…」

萬大顕は振り向かずに手だけを上げて応えた。

桔梗は萬大顕の出て行った戸口を暫く眺めていた。

このあいだの手合わせで…あたしちょっとやり過ぎたかな。

もう少しだけ弱いふりすれば良かったかな。

棍棒思い切り当てちゃったもんね。

今度は優しくしてあげよ。