方佳怡夫人が訪れてから暫く経ったある日、
十一娘は帰宅した令宣から楊家の消息について聞かされた。
「どうやら楊知音は養子を迎える事に決めたらしい…今日わざわざ軍営にやって来て報告してくれた」
十一娘は汁椀に汁物をよそっていた。
きっと方夫人が決断したのだ…
十一娘はそう直感した。
「そうなんですね…これで跡継ぎが出来ますね」
「そうだ、後継者は重要だからな。血筋を引いた知音の甥あたりが有力だろうな」
「旦那様がそう仰るのは心当たりがあるからですか?」
十一娘はよそった汁物に息を吹き掛けて冷ましながら令宣の口元へと運んだ。
令宣は嬉しそうにその一口を飲むと、妻の手から碗と匙を受け取った。
「単なる推測だ。知音の姉は知音より一回りも歳上で子沢山なのだ。その子息ならご両親も知音も不足はあるまい」
「成る程、それが一番穏当ですね」
十一娘は理知的な佳怡の顔を思い浮かべた。
義両親と夫知音の板挟みになってどれほど苦しみを味わったろうか。
養子を得る事で少しでもその痛みが和らいでくれる事を十一娘は心の内で祈った。
夫に愛されない痛みは想像もつかない苦しみだ。
佳怡が心に痛みを抱えながらも此処へ来て打ち明けてくれたのは彼女の稀有な強さの表れ…。
私は彼女に深く感銘を受けた。
彼女とはこれからも縁が続いてゆく予感がする。
ふと、それが逆の立場だったら…と思い至った。
現に私は嫁いでも長いあいだ旦那様とひとつになろうとしなかった。
旦那様はその時どんな気持ちでおられただろう…。
私は旦那様の広い心に甘えて自分の願いだけを叶えようとしていた。
自分の身勝手さを恥じ入るばかりだ。
そして十一娘は改めて夫の器の大きさに感じ入った。
それを思うと心の内側に熱い何かが流れ込んで来る。
十一娘は黙々と食事をする令宣の横顔をじっと見た。
令宣は箸を進めながら密かに微笑んだ。
「どうした?私の顔に何か付いてるのか?…それとも私に見惚れているのか?」
十一娘は夫の腕に甘えて寄り掛かった。
「そうですよ…旦那様に見惚れていました」
突然甘えて来た妻に令宣は箸を置いてその背を慈しむように撫でた。