珍しい…
旦那様と奥様が口喧嘩している。
桔梗は巷で人気の人形劇でも観るように面白がって見物していた。
「桂花餅は延安楼のが一番美味です。暖暖もあそこのを喜んで食べます」
「お前は美味い桂花餅を食べた事がないんだな。いいか、京林堂のを一度食べてみろ。絶品だ」
十一娘は意地になって主張した。
「味の分からない方ですね…断然延安楼です」
令宣は鼻であしらった。
「お前は余杭の田舎に居たから知らないだけだ」
「聞き捨てなりません…私を田舎者だと云うんですか?旦那様こそ戦場が長くて都に居なかったじゃありませんか。旦那様こそ田舎者です」
話がどんどんズレていく。
「桔梗!お前はどう思うんだ」
面白がっていた桔梗に火の粉が降りかかろうとしていた。
「けけけけ、桂花餅ですか?」
「何を聞いてるんだ。都の貴公子三羽烏と謳われた私と余杭の十一娘ではどちらが田舎者だ?」
桔梗は青くなった。
「ひえ〜…」
明々がやって来て同僚として助け舟を出した。
「桔梗さん、厨房の丹さんが呼んでましたよ」
「…しししし失礼しまーす」
桔梗は難を逃れた。
福寿院で皆が大夫人を囲んでいた時、十一娘が夫に尋ねた。
「都の貴公子三羽烏とは…旦那様、初耳です」
「自慢をする訳ではない…人の評判というモノだ。口に戸は立てられないからな」
その言い様に十一娘は思わず笑ってしまい令宣に軽く睨まれた。
丹陽県主も団扇で口元を隠してはいるが明らかに目は笑っていた。
「なんだ、信じないのか」
「いえ!旦那様の仰る事はすべて信じますよ!」
令宣は疑わしい表情を浮かべていたが令寛が口を挟んだ。
「四義姉上、本当ですよ…四兄上はホントに都の貴公子三羽烏と言われていた時期がありました」
「ほら見ろ」
令宣の得意げな様子は大夫人から冷水を浴びせられた。
「令宣、人が面白おかしく云う評判ほどあてにならないものはないよ…ほんとにお前もいい歳をして」
それでも丹陽が興味津々で夫に尋ねた。
「三羽烏の一羽は四義兄上だとして、後の二人は誰なんですか?」
「四兄上…と、同じ学堂で机を並べていた黄ナントカ氏と…四兄上、誰でしたっけ?」
令宣が答えた。
「楊知音だ…黃宥明は今蘇州の布政士だ…楊知音は翰林院の典籍に登用された筈だがその後の付き合いがない」
丹陽は尚興味を唆られたようであった。
「いずれの方も同じ学堂で学ばれた方なんですね」
令寛が話を盛り上げようとさらに面白おかしく語った。
「そうなんだ。四兄上が在籍していた頃は学堂の周りに三人の貴公子見たさに町の娘がたむろしていたらしいんだ!付け文を渡そうとする者まで現れたと聞いていたよ」
十一娘は目を丸くした。
「まあっ!そんな事が!」
十一娘の頭の中では町娘達に囲まれている若き令宣の姿が再現されていた。
大夫人が苦笑して嗜めた。
「令寛、いい加減な事をお云いでないよ…令宣が浮ついていたみたいじゃないか」
令寛は手を組み慌てて釈明した。
「いえっ!四兄上は勉学一筋でした!巷の女子には目もくれません!四義姉上、誤解なさらないで下さい」
「ええ…でも旦那様は人気があったんですね」
丹陽が令寛を肘で突付いた。
「ほら!貴方が言うと余計四姉上に誤解を与えるじゃない」
「そうだ、丹陽の言う通りだ。口を慎め」
令宣にまで責められて令寛は頭をかいた。
十一娘は令寛が可哀想になって笑って言った。
「旦那様は硬骨漢ですもの…誤解なんてしませんよ…それより旦那様、もしその同窓生と再会出来たらさぞかし懐かしいでしょうね」
令宣は感慨深い顔になった。
「そうだな…道は分かれたが…皆元気でやっていてくれるといいが…」
そう言った矢先にその再会が果たされる時が訪れようとは…。