外は大風が吹き荒れていた。

春の嵐の晩。

旦那様の衣服は西跨院に辿り着くまでのあいだに

横殴りの雨にびっしょりと下着まで濡れてしまった。

私は慌てて服を脱ぐお手伝いをし、お身体を拭いて差し上げた。

炉の炭火を熾しておいて良かった。

「旦那様、こんなに濡れてらっしゃって…笠も被らず

…風邪を召しますよ!」

小言を言うと旦那様は笑って済ませた。

「一刻も早くお前の顔を見たかったんだ」

そんな事を仰られたらもう何も言えないじゃありませんか。

旦那様のお身体を温める為に薬酒を温める。

心を温める為には何を差し上げましょう。


旦那様の身体には沢山の傷跡が残っている。

それらをすべて見たのは

戦に同道する

傳殿達副将の一部と今は私だけ。

旦那様は長いあいだ妾達も冷遇しておられたので

すべてを見る事が出来たのはこの私一人だけ。


諮らずも私の傷付けた胸の傷跡は

旦那様の隣に休む度毎に私の目に映る。

床の上でその傷跡を見ていると

旦那様が如何に私を耐え忍んで下さったかが偲ばれる。

この胸から血を流しながら遠き山東の地へ赴かれた。

何もかも私一人の為だった。

傷跡を消し去る事は難しい。

私は旦那様に寄り添う時その傷跡に指先を這わせる。

そんな行為が私に出来るたったひとつの償いのように感じる。

すると旦那様はわたしの手を取り優しげに微笑まれたかと思いきや…。

私の両手は旦那様に自由を奪われて彼は私の胸に口づけを繰り返し始めた。

幾度も波のように押し寄せる喜びの嵐に堪えきれず私は旦那様の名を呼んだ。


気がつけば昨夜の嵐は過ぎ去って

穏やかな曙光が窓辺から射し込んでいる。

旦那様は私を宝物のように抱いて眠っていらっしゃる。

私は彼の胸の温もりが惜しくて抜け出せずに居る。

どうか照影が呼びに来ませんように。

ずっとこのままで居られますように。