とうとう柳兪君が四川に行ってしまう日になりました。

お勉強の時間が終わると柳兪君をみんなの前に呼んで

曹覚文先生がおっしゃいました。

「この宗塾の出身である事を忘れず、国家の繁栄に尽くせる人材となれるよう日夜勉学に精励するのだぞ」

柳兪君は「お言葉を胸に刻み御期待を裏切らないよう励みます」

と、挨拶しました。


挨拶が終わった後もわたしはわざとグズグズしていました。

柳兪君は帰ってゆく一人一人と挨拶をしていました。

最後に暖暖だけが残って二人だけになりました。


「柳兪君、謹習書院に行っても暖暖のこと忘れないでね」

「うん…忘れないよ。と言うか忘れられないよ」

そう言って微笑んでくれました。

「これ、暖暖が作ったんだ。柳兪君に上げる」

暖暖がお守り袋を出すと柳兪君はものすごく嬉しそうな顔をしました。

「すごいや暖暖!刺繍も出来るんだね!これは可愛い猫だね」

「虎だよ」

「あ!ゴメン!虎、そうだ虎だね。強そうだ!」

柳兪君はお守り袋をぐっと握り締めて暖暖を見つめました。

「大切にするよ…それから君に文も書く…」

「うわあい…嬉しいな」

柳兪君はわたしをじっと見つめました。

「実は僕も君に渡したいものがあるんだ」

何かな?私はドキドキしました。

まさか指輪とか?

子どもにそんなモノ買えるワケないよね…。

淡い期待はアッサリ裏切られました。

柳兪君が差し出したものは一冊の本でした。

「君の家にも当然あると思うけれどこれは僕が大切にしてた本だから君に上げたい」

『論語』か〜い。

「柳兪君は困らないの?暖暖にくれちゃって…」

柳兪君はニッコリしました。

「僕はもう全部覚えたから。何頁の何行目に何が書いてあるか全部覚えてる。だからこれは君に上げる」

柳兪君すごいです。

暖暖感動…。

「暖暖も文を書きます…」

そう言ったらふいに涙がぽろんと出ました。

自分でもびっくりです。

柳兪君も驚いて懐から手巾を出して暖暖の涙を拭いてくれました。

最後に柳兪君が聞きました。

「学問に励んで郷試に受かったら必ず此処へ帰って来る。暖暖、待っててくれるかい?」

暖暖は柳兪君の目を見てしっかり頷きました。