「アタシが持っていくのよ!」
「いや、私よ!」
と厨房が姦しい。
「喧しいっ!なんだなんだお前達は〜」
屋敷用の厨房を一手に任されている厨師が怒った。
見ると点心が載った盆を奪い合いしている。
「諭坊ちゃまが里帰りされて今西跨院にいらっしゃるんです!今からおやつをお持ちするんです」
「なんで奪い合いしてるんだ?」
女子は年配から幼いのまで一斉に目尻を下げ頬を赤らめ身体をくねらせた。
厨師はどん引いた。
「気持ち悪いぞ、お前達…!」
「だってぇ〜諭様ってね〜!」「ね〜っ!」
謹習書院で研鑽を積み郷試で優秀な成績を修めた諭もこの四月で十六歳となっていた。
来年宮廷で実施される会試に向け四川で勉学に励んでいた。
六年を経て聡明さに磨きがかかったその容姿は出会った者を魅了した。
「暖暖、元気だったか?」
「諭兄様、抱っこ抱っこ〜」
諭は呆れたように笑った。
暖暖は背丈だけ伸びたけど二歳頃から言う事が変わってないな。
可愛いもんだ。
「ははは暖暖、もう赤子じゃないんだぞ」
「言ってみただけぴょ〜ん♪」
ガク…なんだ本気じゃないのか。
「なんだ?そのピョ〜ンて言うの」
「塾で流行ってるんだもん」
「ははは…ロクな事学んでないな…」
暖暖は隣の部屋に居る両親の方をこっそり盗み見た。
そして、諭だけに聴こえるように身を寄せた。
「あのね、あのね…塾に柳兪くんて男の子が居るの。その人がねもうすぐ謹習書院に行くんだって」
暖暖は仲良しが男なのか?
「そうなのか、暖暖はその柳兪くんと親しいのか?」
暖暖がポッと頬を染めた。
「えへ…かっこよくて優しいんだ…柳兪くん」
「へえ〜」
諭は頷きながら複雑な気持ちになった。
「でもね、お父様にチクったらダメだよ」
「ん?チクるとは?」
暖暖は白い目で兄を見た。
「諭兄様は仙人ですか?チクるって告げ口するって事だよ!」
「そうか、知らなかったな…暖暖は時流に詳しい物知りだな。暖暖は俊傑」
「なんだか諭兄様とは話が噛み合わない気がします」
「暖暖〜、そう拙速に見放すなよ」
「とにかく、お父様には内緒にしてよね。お父様には暖暖のリソーはお父様って事になってるんだから」
諭は倒れそうになった。
妹の理想は渋すぎる!
父上に聞かれないように笑いをこらえると腹筋が痙攣を起こしそうになった。
もうすぐ謹習書院に来るというその柳兪とやらを見定めてやろうと心に決めた諭だった。