繍緣は一先ず順天府の牢に収監された。

朝議では臨波が事件と逮捕のあらましを報告した。

大臣達からは貴人の子弟の誘拐である事から都察院からも捜査員を出し黒幕を洗い出す為追求すべきであるとの意見が出された。

陛下はそこで三司で合同捜査をせよと詔を出された。

令宣にとって望むところであった。


だが捜査前に肝心の実行犯繍緣が牢で自殺を諮った。

繍緣の亡骸からは毒物が検出された。

これで唯一の生き証人が失われ捜査は第一歩目から頓挫した。


令宣は納得しなかった。

「繍緣は自殺ではない…」

臨波は頷いた。

「無論です。入牢の際身体検査は行っています。明らかに外部からの口封じです。候爵、喬家は周到に準備してますね。恐らく繍緣は最初から捨て駒なんですよ」

令宣には分かっていた。

結局喬家もかつての区家と同じか又はそれ以上に狡猾で、敵に回してしまった以上油断ならない相手であるのは間違いない。


一方、徐家では暖暖の乳母の座を巡って一悶着あった。

この日、大夫人は大いに反省していた。

長らく付き従ってくれた杜乳母の推薦だからと安心しきって彼女の姪を暖暖の乳母に決めた。

若くて乳の出も良いと、人柄を見極めもしなかったのがいけなかった。

十一娘はあゝ云う子だから私の決めた事に反対出来なかったに違いない。

申し訳ない事をした。

もうあの乳母では安心出来ぬ。

大夫人はあっさりと盧乳母を解任してしまった。

代わりに採用されたのはもう六人もの子を育て去年の暮には七人目の男の子を産んだという齢四十の女だった。


「やったね!!」

西跨院はその一報を聞いて桔梗と明々が手を合わせて大喜びしていた。

二人のその様子を見て十一娘は訝しんだ。

「なんなの?あなた達は…」

「「奥様」」二人が唱和したので十一娘は驚いた。

桔梗が呆れたように訴えた。

「奥様!盧乳母が辞めたんですよ!喜んで下さい!」

「なんで…?」

明々も嫌悪感も露わに吐き捨てた。

「あの人大っ嫌い!奥様ご存知なかったんですか?

盧乳母って旦那様に色目ばっかり使ってたんですよ!」

「嘘…」

確かに馴れ馴れしいと感じた事はあったが…。

桔梗が憎々しげに言った。

「ウソじゃありません!奥様がいらっしゃらないとすぐに秋波を送ってました!ある時なんか旦那様の目の前で授乳を始めたんですよ!私達が追っ払わなかったらどうなってたか…」


その夜遅く令宣が西跨院に帰ってくると何時も出迎えてくれる十一娘が居ない。

奥を覗くと暖閣でうつ伏せになっている妻がいた。

「十一娘、帰ったぞ」

「あ…ううん…旦那様〜ぁ…ひっく」

「何だ、酔ってるのか」

酒瓶と杯が転がっていた。

「お帰りなさ〜い」

令宣は妻を抱き起こした。

「呑んでもいいが…風邪を引くぞ。どうしたんだ。何時ものお前らしくないぞ…」

令宣はそのまま抱き上げると彼女を寝台まで運んだ。

寝かそうとしても彼の首に回した腕を離そうとしない。

令宣は二人が初めて結ばれた夜を思い出した。

「何かあったのか?」

「旦那様〜…桔梗と明々に聞きましたぁ〜」

「何をだ?」

「旦那様は盧乳母に色目を使われてました!盧乳母から肌を見せられて誘惑されてました…うう…何で黙ってたんですか?やましいところがあるからですかぁ?ひっく」

令宣の驚き方は半端ではなかった。

「な!何を勘違いしてるんだ。私に疚しいところなぞないぞ。第一、誘惑などされていない」

「ホントですか〜?ひっく」

「酔っぱらいに言われたくないな…まったく…本当に決まっている。私がお前以外の女を見る筈がないだろ…困った奴だな…」

「う〜ん…旦那様ぁ…私だけ…私だけを可愛いがってくらさ〜い…」

そこまで云うと十一娘の手はぱたりと落ちた。

令宣は笑みが込み上げて仕方なかった。

「バカだな…私が愛するのはお前だけだ…」

眠ってしまった十一娘を布団に包んでやると令宣はその額に口づけをした。


その夜令宣は可愛い妻の顔を何時までも飽きずに眺めていた。