「何もかも説明するから冬青、奥様のところへ連れて行って頂戴!」

琥珀はこの事件を私達より詳しく知っている。

冬青はそう確信して頷いた。


徐府の正門に着くと門衛が頭を下げた。

「お願い!急いで旦那様と夫を西跨院に呼んで頂戴!大切な話があると」

「冬青さん、はいすぐに!」


二人が西跨院に着くと十一娘は頭を抱えた姿で暖閣に座っていた。

控える桔梗と明々も俯いたまま不安を隠せない。

二人とも冬青の顔を見るとほっと安心したかのように隣の部屋へ下がっていった。


「奥様…」

十一娘ははっと頭を上げて冬青を見るや滂沱の涙を流した。

「奥様っ!」

冬青は十一娘に走り寄った。

十一娘は冬青に縋ってそのまま泣き続けた。

抑えていた悲しみが堰を切ったように溢れ出た。

琥珀も涙を抑える事が出来なかった。


「奥様…」

ふと顔を上げた十一娘が琥珀の姿を認めた。

「琥珀…帰って来たのね…」

「はい、奥様。」

十一娘は涙を拭った。

「そう…良かった…」

「奥様!お嬢様の件で急ぎお話ししなければならない事があります」

十一娘は驚いた。何故琥珀が…?


その時、令宣と臨波が西跨院に駆け付けて来た。

臨波も琥珀の姿を見て驚いていた。

「冬青、どういう事だ」

「あなた、旦那様、琥珀の話を聞いて下さい。琥珀はこの事件を私達より知っているようなんです」

「なんだって?」

令宣の声が皆を落ち着かせた。

「先ず聞こう。琥珀、話してくれ」


琥珀の告白が始まった。

「数日前、塞外から都に帰って来る途中私達は居庸関を通りました。あ、私達とは私と林彦行ですが…。その時信じられない事にある人物を見ました。覚えておいでですか?喬蓮房の侍女だった繍緣です」

冬青がゴクリと喉を鳴らした。

「あの時彼女は罰として遠い地に追放されたと聞いていました。もう二度と都に戻ってこれないような…。」

令宣が答えた。

「そうだ、その筈だ」

「居るはずのない繍緣を見て私達は警戒しました。繍緣の様子も人目を憚っており怪しかったので私達は密かに見守ることにしました」

皆が固唾を呑んで聞き入っていた。

「都に着いたところ、繍緣は密かに徐府に直行しました。外から徐府を伺っていました。益々怪しいと思い見張りを続けていたところ、徐府に野菜を卸していた家に潜り込みました。そして今日、繍緣が顔を隠して野菜売りに化け徐府に入ってゆくのを見たんです…」

「なんと…」全員言葉がなかった。

「ご安心下さい…夫が、、彦行が繍緣の尾行と監視をしています。区家の親類も複数協力してくれていますので決して逃す事はありません。私は一足先にお伝えする為に来ました」

琥珀は袂から一枚の布切れを出した。

「今、繍緣は都を出る準備をしています。この宿屋に居る筈です。官兵を向かわせて下さい」

そこには宿屋の名前が彦行の筆跡で書いてあった。

臨波はそれを奪い取るように取るとものも云わず走り去って行った。


十一娘は琥珀の手を取った。

「それで、それで暖暖は元気なの?」

「はい、繍緣はお嬢様を傷付けてはいません」

令宣は十一娘を抱き寄せた。

「十一娘、臨波に任せておけ。これで心配ない」

そして唸った。

「成る程、繍緣ならこの屋敷の内部を知っている。厨房から福寿院まで人目を避けてゆくのも可能だ…」

冬青が憤って言った。

「なんて卑劣な事をするんでしょうか!逆恨み以外の何ものでもありません!」

十一娘は少し落ち着いたのか手巾で涙を拭っていた。

「繍緣が遠い地から都に入れたのは誰かの手引きだわ…繍緣個人の力でここまでするのは無理よ…」

琥珀もその言葉に頷いていた。

令宣は十一娘の背中を慰めるように擦った。

「大丈夫だ…心配するな…黒幕がいるなら必ず突き止めて取り除いてやる」

「旦那様…」


「琥珀…本当にありがとう!貴女と林公子がいなければ考えるのも恐ろしい事になっていたわ」

「そうだ、琥珀。お前達には感謝しかない。此度の功労には必ず報いたい」

「仰らないで下さい。旦那様が彦行達の為に陛下に執り成してくださった事、助かった他の縁者達にも伝わっています。今回の恩赦にも手を尽くして下さったと役所から聞きました。私達はそのご恩を忘れはしません」

十一娘の目にまたも浮かんだ涙には安堵と感謝の気持ちが込められていた。

「琥珀…貴女には大きな借りが出来たわ…旦那様も私もそれを忘れる事はないわ」

「奥様…」

二人は手を取り合って泣いた。