半月溿の書斎で令宣と臨波は頭を寄せあっていた。
臨波は断言した。
「外部から侵入したその女が実行犯です。恐らくですが、女は野菜籠に暖暖を隠して荷車で逃走したかと…」
怒りと焦りで令宣は胃の腑がムカムカしていた。
「ふむ…」
「すぐに八百屋を捜索しましたがそこに女は居ませんでした…巡防衛に街中を捜索させています。何が何でも必ず見つけてみせます!」
令宣は無言で頷いた。
「奥様の具合はいかがですか?」
「苦しんでいる…太医を呼んだ。太医は休ませようとして薬湯を勧めたが本人は拒んでいる。見つかるまで眠らないと……無理もない…」
令宣の計り知れない苦悩の表情に臨波は胸を締め付けられた。
臨波は歯軋りした。
「俺もその女を殺してやりたい……お役に立つかどうか分かりませんが今冬青を呼びにやっています」
令宣は少し表情を和らげた。
「助かる…冬青が来てくれれば心強い」
例の疑獄事件のあった後、時を置かず冬青は十一娘の計らいで臨波と祝言を挙げた。
冬青はせめて奥様が出産するまではお傍に仕えていたいと願ったが、十一娘は首を縦に振らなかった。
「私も結婚して初めて分かったの…愛する人を一人にしておいてはいけないわ…一日でも長くその人の傍に居て上げて欲しいの。そうでないと後悔するわ…」
命懸けで生還した十一娘の言葉の重みが冬青の背中を押した。
それでもなるべく近くに住みたいと願い、臨波夫婦は無理をして徐府から近いところに新居を構えた。
今も事ある毎に冬青は十一娘を訪ねてくれる頼もしい味方だ。
冬青は徐府から来た遣いの侍女から伝言を聞き慌てて上衣を掴むと出掛ける準備をした。
今夜は帰れないとかまどの火を落として戸締まりをした。
暖暖が無事でありますようにと祈る気持ちと
奥様の元へ早く駆け付けて一緒に居て差し上げたいと言う逸る気持ちで手が震えていた。
扉に手をかけた途端、その扉を叩く音がした。
驚く冬青の前に立っていたのは
思いもよらない人物だった。
塞外に居る筈の琥珀がそこに居た。
「久しぶり…帰って来たわ」
「琥珀!…お帰りなさい…!」
恩赦が施行されて審議を経て多くの罪人が赦され既にこの都に戻って来ていた。
やっと区彦行達の番になったのに違いない。
冬青は胸がいっぱいになった。
だが、今はそれどころではない。
邂逅を喜んでいる暇もないのだ。
「琥珀、悪いけど今は…」と言いかけたのを
逆に琥珀に遮られた。
「しっ!冬青…驚かないで聞いて。」
「え?」
琥珀は人差し指を唇に当てた。
「静かに聞いて。知ってるわ、奥様のお嬢様が攫われたことを…」
「えっ!?」
冬青は大きな声が出そうになり思わず口に手を当てた。
これは今は徐府だけの秘密なのに。
私も今聞いたばかりだ…。
何故琥珀が知り得たの?
いくつもの疑問に冬青は頭が混乱していた。