二娘の部屋にこっそりと忍び込んだ者が居た。

正式に二娘の養子となり世子となった承祖だ。

承祖は二娘の宝石箱を開けると簪を手に取って眺め始めた。

練り物翡翠の簪だった。

「それは価値の無い物よ」

突然声がして承祖は飛び上がった。

背後から二娘と金蓮が現れた。

咄嗟に逃げようとする承祖を二娘が捕まえた。

承祖は必死に抵抗した。

「放せ!放すんだ!」

そう言って暴れても力及ばないと見るや二娘の腕を噛んだ。

二娘が手を放すと承祖は勢い余って床に転げ倒れた。

「若様」

金蓮が庇う。

二娘は鬼のような形相で承祖を睨めつけた。

「余所者と結託して盗みを働くのは重罪よ!」

今にも順天府に突き出してやると言わんばかりに糾弾した。

承祖は母親の血を引いているのか負けん気だけは強かった。

立ち上がると敢然と言い返した。

「僕は王家の世子だ!未来の茂国公だ。此処にある物は全部僕の物だ!母上に渡して何が悪い!」

血は争えないわね。

この泥棒め!

二娘は脳天を突き破る勢いで怒った。

「この裏切り者め!己の非を認めなさい!」

振り返ると男達に命じた。

「誰か!この子を祠堂に閉じ込めて罰を与えなさい!」

金蓮が必死に止めた。

「若奥様、なりません」

「金蓮庇わないで!盗みを見過ごせば将来どんな人間になるか!たっぷりお灸をすえてやるわ!」

「若奥様…」

金蓮は承祖に聞こえない場所まで二娘を引っ張って行った。

「若奥様…これでは王劉氏の思う壺です…王劉氏が去って直ぐに若様を厳しく罰したら若様はもっと実の母親の事を想います。将来爵位を継いだ時に若奥様を嫡母として認めなくなります」

「じゃあ盗みを見逃せと?!」

「若奥様、僭越ながら申し上げます、若様が物を盗むのは母親の為です。父母を思うのは自然の情です。この際、若奥様が懐の大きいところを見せて若様から王劉氏に銀子を送らせてはいかがでしょうか。いずれ良い結果を生むと思います」

二娘はまじまじと金蓮の顔を見た。

金蓮にこのような知恵があったとは……。


二娘は買い物に出た金蓮を下男に尾行させた。

金蓮は市場とは反対方向に向かった。

更に追ってゆくと金蓮は徐家の脇門をくぐった。


茂国公家に戻った金蓮は二娘の前に立派な柿を山盛りにした皿を置いた。

「若奥様、街で新鮮な果物を売っていました。どうぞお召し上がり下さい」

「思いもしなかったわ。永平候府で果物を売ってるとはね…」

二娘は皮肉たっぷりに言い金蓮を睨んだ。

「本当に驚いたわ…」

金蓮はとぼけた。

「若奥様、何の事でしょうか」

それを聞くと二娘は手に持った湯呑みをガシャリと音を立てて置いた。

「とぼける気?お前はいつ十一娘の手下になったの!」

「若奥様、誤解です」

「言い訳するの!?」

金蓮は小さくなってひざまずいた。

「最近急に賢くなったと思ったら…私の病を治し王劉氏を抑え、、世子の扱い方まで…」

ずっとおかしいと思っていた。

「それもこれも十一娘の細やかな指導のお蔭かしら?…そこまで知恵を出す目的は何なの?」

金蓮は腹を括って本当の事を打ち明けようとした。

「徐奥様は若奥様を何としても助けたいと願って居られます。でも若奥様に拒まれると思い口止めされたのです」

確かに十一娘が勧めた薬なら口にしなかっただろう。

「ふん、やはり十一娘だったのね」

二娘は皮肉な顔つきになった。

「余計なお世話よ…」

「徐奥様に悪意はありません…酷い事を言ったのも意気消沈した若奥様を奮起させる為です。その後一人で弱音を吐こうとなさらない若奥様をどうお支えするか助言して下さいました」

二娘はわざと捻くれた解釈をしてみせた。

「私を助けたいと?……落ちぶれた私を見て喜んでいたのでは?」

「若奥様、徐奥様を誤解なさってます…若奥様の為に名医を訪ねて相談なさり、妙薬の手配もなさって私に託して下さいました。王府で屈辱を受けた若奥様を案じて難局を乗り切る知恵を授けて下さいました…」

数々の知恵は全て十一娘だった。

「若奥様、悪意でこれほどまでの心遣いが出来ますか?」

頭では分かっていても心が素直になれない。

「いい人ぶって私を見下したいだけよ…恩を受けたら次に会った時どんな態度に出られるか」

金蓮が易易と十一娘に従ったのはもっと気に入らなかった。

「そんなに十一娘がいいなら徐府に行けば?お前と十一娘が居なくても平気よ」

二娘様は分かっておられない。

私が何故十一娘様の提案に乗ったのかを。

何から何まで若奥様をお救いしたい一心だった。

「若奥様…若奥様が平気でも…」

金蓮は涙がこみ上げてきた。

「私は生きていけません!…幼い頃から若奥様に仕え全てを若奥様から頂きました…若奥様から離れたら私には何も残りません…この身ひとつです。私にとって若奥様は唯一頼れるお方です」

記憶にない位小さな時に羅家に売られてきた。

親の顔さえ覚えていない。

家族は二娘様だけだ。

どうして今更離れられよう。

「どこへも行きません!」

切々とした訴えに二娘は引き下がらざるを得なかった。

「分かった分かった…分かったから泣かないで。もう追い出したりしない」

金蓮はやっと涙を拭った。

「でも今後は隠し事をしないで」

「分かりました!ありがとうございます」

「今日の事は水に流すわ…仕事を続けて頂戴」

金蓮は子どものように大きく頷いた。

「はい」