王劉氏の前に現れた二娘は辺りを払うような威厳を放っていた。
王劉氏、姥、世子、老人
四人はその気迫に押され思わず後退りしていた。
「こ、これは若奥様…」
王劉氏は我が目を疑った。
二娘はまだ病んでいると聞いていたのに其処に居たのは完全に健康体の二娘だった。
「お身体は…」
「どうした?私が治ってがっかりした?」
「いえ、とんでもありません…」
二娘は得意の人を見下す冷たい視線を王劉氏に飛ばした。
「お前は私の病が治るまでの手伝いでしょ。勝手に奴婢を変えるのは未だしも…私の侍女を売り飛ばそうとするとは役所に訴え出るには十分だわ!」
王劉氏は呆気に取られて口をポカンと開けていた。
そこに二娘の鋭い声が響いた。
「誰か!王劉氏とこの男を順天府へ連れていけ!」
「「はい!」」
控えていた男達が一斉に彼等を捕まえようとした。
老人はあわあわと言い訳を口にしながら逃げようと足掻いた。
「待って、待ってくれ〜」
王劉氏は拘束されながらも抵抗した。
「正気なの?やめて!」
更にはまだ権力に物を言わせようと試みた。
「お前達の給金は誰が払っていると思うの?!」
二娘はフンと嘲った。
「諦めなさい…悪足掻きは無駄よ。彼らは私の配下よ」
「あなた!」
王劉氏はまだこの逆転劇を信じられない。
老人は我が身を守ろうと必死に言い訳を続けた。
「私は何も知らないんだ…私も騙されたんだ」
そう言って王劉氏を指差した。
若い女を世話してやると言われて金だけふんだくられ、その挙げ句に通報されるとは情けない。
「黃さん!何を言ってるの!?」
金蓮が欲しくて進んで金を渡そうとしたくせに。
二人を見ていた二娘は冷たい口調で言い渡した。
「では、黃さんとやら陳情書を書きなさい。そうすれば黃さんは許すわ」
役所に突き出されないと知った黃老人は張りぼての玩具のように忙しなく首を振った。
「ありがとうありがとう…ありがとうございます!勿論書きますとも!必ず」
王劉氏に陳情書まで付けて順天府に突き出せば完璧だ。
金蓮は胸がすく思いだった。
若奥様の侍女を勝手に売るとは言語道断の所業。
王劉氏は真っ青になり傍らの世子に泣きついた。
「承祖、母を助けて!役所に送られてしまう!貴方は此処の跡継ぎだもの!恐れる事はないわ。屋敷で大旦那様と大奥様の次に偉いのよ!」
承祖はつい最近来たばかりのこの屋敷で慣れない暮らしをしていたが、この母親ほどの度胸はなかった。
視線を若夫人にやると、若夫人は恐ろしい形相で承祖を見ていた。
承祖は肝が縮み上がった。
「早く!」急かす母親。
子ども心にも母親の強引なやり方に正当性があるとも思えなかった。
後ろめたさも手伝って承祖は恐る恐る二娘に近付くと上目遣いで挨拶した。
「義母上にご挨拶を」
承祖は母親より状況を読む能力があったようだ。
「どうか私に免じて母を許して下さい」
二娘はゆっくり承祖に近付くとその顎に手をやった。
「もう貴方の母親は…私だけなのよ」
恐ろしいまでの迫力を漲らせた二娘を前に承祖は蛇に睨まれた蛙となった。
「許して欲しければ…この場で命じるのよ。3日以内に王劉氏とその配下は出てゆけ、と。」
二娘は念を押した。
「今後屋敷に入る事は許さない…と!」
そこまで聞いて王劉氏は開き直った。
「そうなら役所に行くわ!板打ちの刑くらい平気よ!」
「命じないなら親不孝の罪でお前を順天府に訴える!生母に唆されて養子先で悪事を働き嫡母を顧みなかったとね!」
罪状は数えるのに苦労するくらいある。
屋敷にあった金目の物が王劉氏が来てからどれだけ無くなった事か。
実家の母が苦労して届けてくれた大切な銀子さえ王劉氏が取り上げた。
己の所業を棚に上げ王劉氏はまだ抵抗した。
「家名に泥を塗るつもりですか?王家はいいとしても羅家は江南の名門ですよね?朝廷の重臣の徐家の体面も考えたらどうです?」
二娘は完全に無視した。
泥を塗ったのは王劉氏お前じゃないか。
そんなに役所に突き出されたいならそうしてやる。
「王劉氏を順天府に送って!金蓮!私達も行くわよ」
「はい!若奥様」
脅しなんかじゃなかった。
この女は本気だ!
蒼白になった王劉氏は男達の手を振り切って二娘の足元に土下座した。
私が突き出されたなら承祖の立場がない。
姜家が聞いたら養子の件も取り消される。
「若奥様!私が悪うございました…今すぐ屋敷を出ます
!今回だけどうかお許し下さい」
王劉氏を冷たく見下ろしていた二娘は金蓮にきっぱりと命じた。
「金蓮、、王劉氏が出ていくのを見届けなさい。
彼女の配下も追い出して。出て行く時は荷物検査をするのよ!…何か持ち出そうとしたら今度こそ順天府に送らせるわ!」
「承知しました!若奥様」
二娘は後も見ずに立ち去った。
王劉氏は土下座の体制から崩れ落ちた。