十一娘はその日大勢を引き連れ茂国公府に現れた。
予想していたかすぐに王劉氏が出て来た。
どこから見つけて来たのか王劉氏はまだ色香の残る年増で押しの強そうな生意気な顔をしていた。
王劉氏は一瞬この大勢に驚いたようだったが後ろに金蓮を見つけると馬鹿にしたように嘲った。
「おや、金蓮。助っ人を呼んで来たのかい?」
更に先頭に立つ十一娘を見ると澄ました顔で素っ気なく言い放った。
「だけど今若奥様は誰ともお会いしないわ。どなたか存じませんけどお引き取りを…」
金蓮が大きく出た。
「このお方をどなただと思ってるの!」
王劉氏は完全に金蓮を馬鹿にしていた。
「お前如きが誰を連れて来れるって言うの?」
十一娘は声に威厳を持たせた。
「私は王若夫人の妹、徐羅十一娘だ」
王劉氏は虚を突かれた。
まさか若夫人の妹羅十一娘がいきなり来るとは思わなかった。
二娘とは仲が悪いと聞いていたがとにかく相手は徐候爵夫人だ。
無作法を働いたと訴えられたら不利だ。
王劉氏は言葉遣いまで変えた。
「あ〜…永平候爵夫人でしたか…お迎えしない訳ではありませんのよ。ですが当家の若夫人は病が重く安静にするよう医者から言われております…ご心配でしょうがここは休ませて差し上げて下さい」
「医者がそのように言ったの?ならば従うわ」
金蓮の伝えたところではろくに医者にも見せず放ったらかしにされている筈。
「でも何処の医者なのか会わせて頂戴。姉の病状について詳しく聞きたいの」
ここまで突っこまれて王劉氏は当惑した。
「それが…あの…今は不在でして」
十一娘は微笑した。
「丁度いい。此処に連れて来た」
そう言うと後を振り返った。
「先生、姉を診察して下さい」
背後に控えていた医師が頷く。
十一娘達がそのまま門の内へ入ろうとすると焦った王劉氏が強硬に遮った。
「王家に入る事は許しません!」
こういう事もあろうかと十一娘は準備していた。
「姉の治療を邪魔する悪人を取り押さえて!」
「はい!」
十一娘が命じると羅家から連れて来た屈強な姥達がたちまちの内に王劉氏を取り押さえた。
王劉氏が呆然とする中、十一娘達は一斉に茂国公府へとなだれ込んだ。
二娘の部屋へと通った十一娘達は青白い顔で床に伏せ目を閉じたまま身じろぎもしない変わり果てた姉の姿を見た。
「若奥様、五娘様と十一娘様が来て下さいましたよ」
「姉上…」
負けん気が強く妹達を見れば皮肉を飛ばしていた強気の姉の面影はない。
情に脆い五娘は既に涙ぐんでいる。
「二姉、どうしてこんなに悪化したの?」
二娘は目を閉じたまま弱々しい声で反応した。
「金蓮、追い出した筈よ…なぜ舞い戻ったの?…しかも無関係な者を連れて…」
五娘は泣きそうになりながら訴えた。
「姉上に会いに来たのよ。姉上を助けたいと思ってる」
「帰って…もうあなた達との縁は切れたのよ。助けは要らない…」
十一娘達は顔を見合わせた。
心配していた通り、プライドの高い二姉は伏せっていても負けん気だけは健在で助けを拒んでいる。
十一娘はわざと微笑んで見せた。
薄めを開けていた二娘がその時顔を上げて十一娘を見た。
「…何が可笑しいの?」
「笑っちゃった…姉上は私達の前でしか強がれないのよね。見損なったわ」
二娘が顔を顰めながら無理に頭を起こした。
「何を言うの!」
「だって姉上は頑固で自尊心は強いけど、気骨のある人だと思ってた。でも私の買い被りだったようね。本当は臆病者なのよ」
二娘はこの時になると完全に十一娘を睨み付けていた。
「羅家では甘やかされて好き放題だったけど他所に嫁いだ途端ネズミみたいに縮こまって誇りも何もないじゃない。侍女頼みなんて女主人としてどうよ。恥ずかしいから私の姉だなんて言わないでね」
五娘は見かねて十一娘の言い過ぎだと注意した。
「十一娘!何てこと言うの?」
二娘は興奮して肩で息をしながら反論した。
「十一妹、私にそんなこと言える立場?徐家に嫁げて立派な夫を得たこと以外私より優れてるって言えるの?」
「少なくとも私は困難から逃げたりしない。姉上は姑息な手段で状況を悪化させただけじゃない。正面きって立ち向かってない」
王煌との結婚から逃げ徐家に嫁ぎたくて十一娘を裏から嵌めた事といい、王煌殺しの犯人捜しでは徐家に責任を押し付けた事といい、今言った事は決して誇張ではない。
「今だってくよくよと床に臥してるだけじゃない。だからあんな女に利用されるのよ」
「うう…よくも…」二娘は歯軋りした。
後ろに控えていた琥珀は十一娘の言葉に頷いていた。
奥様は羅家に居た時も嫁いでからもこの二娘様には苦しめられて来た。
その様はつぶさに見て来た。
でも奥様は情け深い。
今の言葉で分かったが奥様は決して二娘様を恨んだり見捨てては居られない。
そう、私が見て来た奥様はいつも勇敢だった。
琥珀は言わずにおれなかった。
「口を挟む立場ではありませんが主の為に一言言わせて下さい。奥様は徐家で順風満帆ではありません。苦労ばかりなさっています。でもどんなに周囲の者に陥れ続けられても天や人を恨まずお一人の力で立ち向かわれています。夫にばかり頼ってはおられません」
二妹はすっかり身体を起こしていた。
「そうよね、賢く有能に立ち回る十一妹に私なんかが敵う筈がない…こう言えば満足?」
負けず嫌いの二姉は先程よりも興奮して囁くようだった声も大きくなっていた。
「…役立たずにも気骨はあるのよ…例え死んでもあんた達から施しは受けない」
一気に喋って喉が苦しくなった二娘は金蓮にやっと支えられた。
「奥様、何故意地を張るのですか?他に頼れる人が居ますか?」
咳込みながら二娘は叫んだ。
「いつ私が頼ったと言うの?!出ていって!早く!」
「二姉〜!」
五娘は慰めに来たのに何故こうなるのかと嘆いた。
「分かったわ…出て行く。でも自分の侍女の面倒は自分で見てね。金蓮を追い出さないで。…行こう!」
十一娘はそう言うと五娘にも合図して部屋を後にした。
「そんな…」
五娘はおろおろするばかりだった。
茂国公府を出ながら五娘は尋ねた。
「何故あんな過激な事を?また二姉を怒らせちゃったじゃない」
「病が膏肓に入れば劇薬を使うしかないでしょ?」
残り火を熾すには燃料を継ぎ足し風も送ってやらねばならないのだ。
十一娘はポカンとしている二姉に向かって微笑んだ。
「大丈夫よ。…家まで送って行くわ」
そう言い馬車に乗り込んだ。
その背後で王劉氏はせせら笑っていた。
「ふふん…もう羅二娘は誰にも相手にされない。あの女子が死ねば屋敷は私と息子のものよ」