深夜、城東の夜回りは拍子木を叩きながらその路地の門をゆっくりとくぐった。
月明かりだけの薄暗闇に男の提灯の灯りがゆらゆらと歩く度に揺れた。
とぼとぼと歩く夜回りの背後から足音を消した黒い影が近付いた。
その手にはギラリと光る刃が握られている。
夜回りは気配に気付き振り向いて勇敢にも声を上げた。
「誰だ!…お前はあの時の!!王煌を殺した男だな」
黒い装束の男は動じる様子もなく夜回りを追い詰めるように距離を縮めてきた。
「お前に見られていたとはな…死んで貰うぞ!」
言い終わる前に刃物を持った腕を振り上げて襲い掛かった。
夜回りはすんでのところを避けて転びながら叫んだ。
「早く出てきてくれーーっ!!殺される〜っ!」
男の振り上げた腕を掴んだのは臨波だった。
すかさず捕り手が背後から取り押さえ、臨波が首元に刀を突き付ける。
男は瞬きする間もなく動きを封じられた。
そこへばらばらと役人達と令宣が現れた。
夜回りは命拾いしたとばかりに息を切らせながら文句を言った。
「候爵、李殿!死ぬかと思いましたよ!」
令宣は袂から金子のたっぷり入った袋を出すと夜回りに放った。
「よくやった。ご苦労だったな。これは褒美だ」
夜回りは受け取ると震えながら感謝した。
「ありがとうございます…候爵!李大人!お二方に感謝を」
恐ろしい目にあったとばかり這々の体で去って行った。
都察院の李御史が男に迫った。
「お前が下手人か!」
男は空とぼけた。
「何の事だ」
「自ら白状していたな。誤魔化しても無駄だ」
周顕は令宣を下から悔しそうに睨みつけた。
「徐令宣…全てお前の策略か…証人も偽物だな!?くそっ、よくも罠にはめたな!」
「やましいところがあるから都察院を伺っていたのだろう?」
「だが…何故私の仕業と知った?」
李御史が問答無用とばかり遮った。
「それは裁きの場で聞け!引っ立てろ!」
「「は!!」」
補吏達が周顕を引きずって行ったあと
李御史は令宣に向き直り深く感謝した。
「お陰様で早々に逮捕出来ました!候爵のご協力の賜物です!」
数日前、令宣は都察院を訪れた。
官吏なら今回の事件で令宣が衛国公と茂国公との板挟みになっている事情を知らない者は居ない。
「苦しいお立場でしょう…はっきり申します。検視の結果を見ますと王煌は頭部を2度殴られていて、2度目が死に至った原因です。証人によりますと門前で殴られたのは一度きりです」
「真の下手人の調べは?」
「門番の誤殺という事で各方面は納得しており、真相を探ろうとすればどんな事態になるか…各方面の不満は必至で、、はあ…手が出せないのです」
「だが真犯人を上げねば解決しない」
「その通りですが…」
行きずりの犯行とは考えられない上に、取り調べの相手が衛国公はじめ高級官僚や貴族とあっては文字通りの門前払いとなって都察院の監督は頭を抱えていた。
いっそ門番の誤殺で片付けたいが、それでは王家が黙っていない。
検視の結果もそぐわない。
そこで令宣は一計を案じた。
「何ですって!」
区若夫人は青ざめた。「馬鹿な!」
「周顕が捕まった?!」
周顕には金子を持たせて都を出るよう指示した。
あの抜かりのない男が…。
若夫人は絶句した後、金切り声を上げた。
「嘘よ!有り得ない…証拠は残してない筈!何故捕まったの?教えて下さい!ねえ!教えて!」
励行も事態の深刻さに身を固くしていた。
「また徐令宣の仕業か?一体、どうやって知った?」
「またあの男なの?」
若夫人の息は荒くなっていた。
「…だとしたら、どうすれば?」
「周顕は決して口を割らぬと言ってただろう?」
若夫人は力を無くして座り込んだ。
「…そうです。私を裏切りません…」
拠り所はそこにしか無かった。
励行は妻を宥めた。
「取り乱すな。周顕の家族を見舞ってやれ」
家族に騒がれると不味い。金子で黙らせ都から追い払うしかない。
都察院の奥深く、
令宣達は刑具の並べられた取り調べ室へと李御史に案内された。
「候爵、どうぞ」
取り調べ室というより拷問部屋と言ったほうが似つかわしい。
壁際に手足を十字に縛られた周顕が居た。
自害しないよう口には布が詰め込まれている。
令宣の後ろから十一娘と二娘が入って来た。
姉は実際に目にせぬことには納得しないのだ。
