徐家福寿院の居間は大旦那様と二兄が犠牲となった時のような空気が漂っていた。
蝋燭の明かりが明明と燈されているにも関わらず何と暗く感じられるのだろうか。

徐家の全員がたった今令宣から十一娘のとった行いと裁判の全貌を聞かされた。
大夫人はうちひしがれて呟いた。
「間抜けだよ・・なんて間抜けなんだ・・今日になってやっと分かるなんて」
この期に及んで大夫人は己の目が節穴だった事を思い知らされ酷く悔やんでいた。
「今まで十一娘を誤解してた。十一娘は何も悪くない。徐家が彼女を巻き込んでしまったんだ」
令宣は母の告白を身を切られる思いで聞いていた。
「あの子はいい子だよ・・あの子が嫁いで来てから私は家のしきたりであの子を縛りつけた。あの子を何度も酷い目に合わせた・・それなのに徐家に大難が迫ったら勇敢に立ち向かって自分の命を捨ててまで徐家を守ってくれた」
大夫人の目には涙が溜まっていた。
「こんないい嫁が居たのに私は大事にしなかった・・あの子が・・徐家の為に命を・・はぁ……」
夫人は込み上げる思いに声を詰まらせた。
「徐家のご先祖様に対してどう顔向け出来ると言うんだい?」
「母上」五弟令寛は一旦口にしたもののそれ以上母にかける言葉が見つからなかった。
大夫人は決心して令宣に向いた。
「令宣、後三日間の猶予があるでしょう。何とかして、何とかして十一娘を助けなさい!」
「陛下に直訴します」
「私も行くわ。一応これでも二品の誥名だから」
陛下から賜った品階の身で皇宮に入る許しを得るのだ。
「義母上」怡真が夫人の身を心配した。
陛下の決断に異議を唱えるのだから命懸けの行いになる。
し損じれば徐家全体に怒りの矛先を向けられる恐れがある。
陛下の怒りも恐ろしいが度重なる試練に大夫人の身体が耐えられるのかと。
「十一娘は徐家のために生死を度外視している!彼女の為に陛下に跪いてお願いするんだ」
五弟も同じ思いだった。
母が命懸けで陛下に直訴するというのなら徐家の男としてこの身を捧げないでどうする。
丹陽県主は先ほどから四義姉の犠牲に篤い義侠心を掻き立てられていた。
十一娘には危ない局面で命を助けて貰った。
あの時十一娘に貴女は私の親友だと誓った。
親友でもある四義姉の為に何としても陛下に訴えようと固く決心していた。

翌朝、令宣、大夫人、令寛、丹陽県主の四名が正装で宮廷の門の前に整列して跪いていた。
四人の前に陳閣老が姿を現した。
令宣が訴えかけようと手を組んで挨拶をした。
「閣老」
閣老は苦々しい顔つきで令宣達に諭した。
「永平候爵、何故なんですか!貴方が密輸に関わっていないと陛下に知って頂いたばかりなのにこんな事をしたら、また陛下に疑われますぞ!さ、早く帰りなさい。台なしにしないで下さい」
「閣老、十一娘は私の為に自分を犠牲にしました。彼女を捨てる訳には行きません!閣老はお分かりになっています。この件は私を陥れ海禁解除の阻止を狙っています!閣老は本当に私が十一娘を諦めればこの件が終わるとお思いですか?真犯人を見つけ出すことこそ解決出来るのです!」
「だとしても、性急にしてはいけません。陛下のお怒りを招けばご令室だけではなく貴方と徐家も巻き込まれるのですぞ!」
「閣老のお力で陛下に十一娘の刑期を延ばすようお願いして頂きたいのです!私は全力を尽くして真相を調べます!」
令宣は石畳に額をこすりつけて平伏した。
大夫人や令寛、丹陽も倣って一斉に平伏した。
「閣老に申し上げます。何卒ご寛容の程をお願い致します」
四人に平伏されて陳閣老もほとほと困り、ついにはその熱意にほだされて溜息をついて言った。
「ならば・・やってみましょう」
四人は閣老が皇居に向けて去った後も暫くは平伏したままだった。
起き上がり再び跪こうとして大夫人はよろめいた。
家族に支えて貰いながらも「大丈夫だ!頑張れる」と気丈に応えてみせた。
この程度の痛みに耐えられなくて何だろう。徐家はもっと大変な試練を乗り越えて来たのだ。
嫁は今牢の中で我が身を賭けて戦ってくれている。
その一心が大夫人を支えていた。

とうとう徐家家族の前に閣老が戻ってきた。閣老の隣には皇帝直属の総監が立っていた。
総監が進み出て宣旨を述べる。
「陛下の口勅をお伝えします。
永平候爵の願いに応え羅十一娘の刑期を一か月延ばす事とする。一か月後に証拠を示さなければ羅十一娘は刑部にて刑を執行。永平候爵は皇(すめら)を欺いた罪に問われます。以上これを慎め!」
令宣は息が弾むほど嬉しかった。
「ありがとうございます!」
全員が深く頭を垂れ再び平伏した。

その日のうちに急ぎ出立の準備をする令宣に冬青が一枚の絹を手渡した。
「十一娘の刺繍だな」
「旦那様が山東に行かれた時奥様が旦那様の無事を願って作られました。
観音様の黒髪の糸は奥様の髪なんです」
十一娘が農場で自らの髪を縫い取りした観音様だった。
(十一娘・・・)
令宣はその髪に愛おしそうに指を滑らせて暫く見入っていたがやがて丁寧に畳むと胸の中にしまい込んだ。

十一娘、これからは肌身離さずずっとお前と一緒だ。