翌朝、秦姨娘は広大な敷地を誇る徐邸の中でも一等慎ましい東跨院の庭で鉢の手入れをしていた。
付き従っている侍女が近寄り報告した。
「姨娘、昨日旦那様が帰って来られました。奥様もご一緒でした・・、それから大奥様が冬青を納屋から出しましたが、どういう訳か代わりに琥珀を閉じ込めました」
事態が目論みから大きく外れている。
琥珀が捕まったのは奥様を逃がした事が露見したせいなの?
「そう、分かったわ。もう下がって・・」
侍女が去って行った庭で秦姨娘の顔色は優れなかった。

彦行と奥様が逃避行すればそれで計画は万全だった筈だ。
ところが旦那様が奥様を連れて帰ったとなると二人の間を壊す計画は失敗したようだ。
区彦行はどうなったのか。 
この計画の何処に破れがあったのかと頭を巡らせていた。
ともあれ、計画が破綻した今となっては自らに疑いが及ばないようにしなければならない。
この件はすべて琥珀が主導しているように彼女に思い込ませてある。
琥珀は姉の件であれ程自分に感謝していたし自分を売るような真似はよもやすまい。
方や励行はこの成り行きをどう考えているのだろうか?
またもや計略が失敗に終わった。
信頼を繋ぎ止める為にも出来れば近いうちに新しい情報を持って励行に会いに行こう。
励行の機嫌を取り結ばなければ区家と繋がりを保つのは難しくなってくる。
考えているうちに手入れしている薔薇の刺で指先が傷つき血が滲み出していた。
秦姨娘は動揺の為に日頃の冷静さを失っている自分に気がつかなかった。

前日の励行の死は令宣達のみが知るところであり公にされていなかった。
その日の早朝、令宣と二義姉怡真の二名のみがひっそりと先祖への報告の為に祀堂に揃っていた。
「お義父上様、二旦那様、お二人を靖遠候爵の手先になって陥れた区励行がついに裁かれました。これでお二人もあの世で安息出来ますね・・」
怡真は夫が亡くなってから胸にずっと蟠っていた石を取り除かれたような安らかな心持ちを取り戻していた。
「令宣は一刻も早く靖遠候爵の罪の証拠を見つけ民を害し国を傾けようとした区家に相応の裁きを与えます」
二人は深々と先祖の霊に頭を下げた。

区家長嫡男励行の遺体は都郊外の竹林で発見された。
竹林近くの農家より知らされて急を知った見回りの兵が市中まで搬送して来たが首を斬られたその遺体が現役大臣の嫡男励行である事が判明し管轄の官吏は頭を抱えていた。
屋敷に運ばれて来た遺体を前に靖遠候は呆然としていた。
聞き付けて励行の妻も来たが夫の死に顔を確認するとその場に泣き崩れた。
官吏は身元不明の怪しい黒装束の男達が数名傍に倒れていた事もあり、賊に襲われたのではないかと説明した。
区家お抱えの警護長が昨日の励行の行動について靖遠候に耳打ちした。
「旦那様、今回の件は怪しいです。昨日二若様が馬車で市中を出られた後、若様もすぐに屋敷を出られました。追うように徐令宣と衛国公が都を出ていくのを見た者がいます」
励行の軽率な行動のその裏にある計画を知る者は誰なのか、息子が昨夜帰宅しない事を嫁は報告しなかった。靖遠候は疑いの目を嫁に向けた。
朱参謀は役人に向かって言った「さすがはお役人様です。結論を出しましょう。若様は賊に殺されました」
役人は候爵相手に自分達への失態の追及といざこざを回避出来た事にほっとして頭を下げるとあたふたと帰って行った。
なきがらに縋って泣いていた励行の妻はキッと顔を上げると叫んだ「どうして犯人を探さないんですか!きっとあの徐令宣の奸賊の仕業に決まってます!」
朱参謀は冷徹な態度を変えなかっただけではなく勝手な真似をして区家を危機に陥れた若夫婦を断罪した。
「若奥様、若様が連れていったのは甲子の兵です。調査されて私兵を養っていたと知られてはなりません。反逆の罪で暫首の刑ですよ。若様が旦那様に声もかけずに街を出たのは何故ですか?!」
靖遠候は怒りに震えながらも結局息子の死を暴漢に襲われたせいだとして隠蔽する他なかった。
そして復讐心に燃え盛って叫んだ「徐令宣!お前こそ不倶戴天の敵だ!」

臨波は困り果てて、とうとう女使用人住居まで来てしまった。
ただでさえ男がここに立っているのは恥ずかしいのに洗濯をしている下働きの少女達がチラチラとこちらを見て不思議そうな顔をしているのも尚更耐えられない。
令宣からの指令で区家を追跡する段になって初めて事の真相を聞いた。
何と言う早合点をしてしまったのか・・冬青に合わせる顔がない。一刻も早く冬青に謝らなければと気持ちだけが焦る。

逡巡しているうちに向こうから冬青がやってきた。
「冬青!」
冬青はチラと臨波を見たが素知らぬ顔をして自分の部屋に入ってしまった。
ああ、怒っている・・臨波は慌てて後を追って部屋に入った。
「傳殿、女中部屋に入っちゃいけないって知ってます?」
「冬青、俺はもう知ってるんだ。俺の誤解だった。悪かった、謝る」
冬青は黙って籠の中の乱れた刺繍糸をまき直していた。
臨波もそのひとつを手に取って同じように巻き直し始めた。
「でも俺のせいばかりじゃないだろ?あんな酷い事を言われなかったら俺もあそこまで誤解しなかったよ・・」
冬青は臨波をまじまじと見た。
「私のせいだって言うの?」
糸を置くと臨波に背を向けて言い返した「奥様にはもっと酷い事を言ったよ!でも奥様はすぐに分かってくれた。私を全然疑ってなかった!あんたのほうが最初っから私を信じてなかったじゃない!」
薮蛇だった・・。臨波は冬青の背中に向かって謝った。
「はいはい俺のせいだよ。謝る・・お前が旦那様に気がないのは知ってる。だけどひとつだけ分からない事がある。お前なんで旦那様の下帯をこっそり持ってんの?」
それこそが最大の疑問で誤解の元だった。
冬青は振り返るとまともに臨波の目を見据えて言った「誰の為だと思ってるのよ!?」
臨波には全く心当たりがなかった。
その顔を見て冬青は箪笥の引き出しを開けると真新しい下帯を掴み出して臨波に投げつけた。
「誰かさんが好きだと言ったからお手本にしてこっそり学ぼうとしてたんじゃない!」
冬青の手によって細かに刺繍された帯を見て臨波はやっと気づいた。
そうだ!あの朝冬青の前で候爵の帯を見て羨ましがったんだった!そうとも知らず俺は・・。
「冬青!」
ぷいと部屋の出口に遠ざかった冬青の手首を臨波が捕まえた。
「俺のせいだ・・疑ってごめん」
「疑ったもなにも、私には関係ない!」
「関係あるに決まってるだろ!俺がお前の事好きだって知ってるよな?!俺の嫁になってくれよ!」
「ちょ、ちょっと!そんな大声で言わないでよ!人に聞こえたらどうするのよ!」
「ああ~?いいじゃないか、もっと人に聞こえたほうがいい位だ。お前が好きだ!嫁になってくれ!お前が好きだ、嫁になってくれ!」
冬青は慌てて臨波の口を塞いだが遅かった。

「聞いた?」
下働きの少女達の耳に入って笑われた上にその話はその日のうちに屋敷中の使用人達に広まった。



☺️☺️☺️☺️☺️
くりこより

や〜っとリニューアル工事👷終わりました。
臨波、まだ完全には冬青に許されておりません。
若者よ試練に耐えろ😄
くりこも前のタブレットが調子悪くなり一昨日買った
中華🍜タブレットセットアップしたり
まだまだ慣れてなくて苦労しやした。
文章とかどこかおかしかったら中華タブレットのせい
次回からまた宜しくお願い🙏しま〜す🙏