[朝・羅家]
大旦那様が琥珀に聞く「どうだ!?」
「まだです。まだ若旦那様が捜しておられます」
皆一睡も出来なかったので憔悴仕切っていた。
そこに恐れていた事態が起こった。

取り次ぎの声が告げた。

『永平候爵様がお見えです』

皆が一斉に顔を見合わせる。

琥珀と姥やが青くなった。

「どうしましょう?」

大旦那様は「どうすると言って、状況に応じて対応するしかない」と腹を括った様子で言った。

令宣が入ってきた。

「義父上、義母上」

「おう令宣、日頃公務で忙しいのに今日はまたどうした?」

大夫人が横から声をかけた。

「十一娘に会いに来たのか?」

大夫人も腹を括ったようだ。

「家族のせいで十一娘に辛い思いをさせました。迎えに参りました」
「いいや、嫁に入ったからには夫に従い、夫の家族を第一に思うべきだ。辛い思い等はない」

早速蓮房がしゃしゃり出た。

「奥様はどちらに?」

大夫人が尋ねた。

「こちらは?」

琥珀が答えた「奥様。こちらは喬姨娘です」

「こちらが喬姨娘か。令宣、徐家主母の行いを逐一妾に報告する必要があるのか?そんなしきたりはなかろう」

令宣は恐縮した。

「お許しを。私の管理が行き届きませんでした」
喬蓮房は尚も続けた「旦那様、現在わたくしが家事を司っておりますので奥様の安否を心配しています。羅奥様がご不満なのはまさか奥様の行方を教えたくないからですか?」
「何を言っている。令宣殿はただの妾に羅家で無礼を働かせるのか?」
令宣「お詫びしろ!」
「旦那様。わたし・・蓮房が心配で焦りました。羅奥様どうぞお許しを」
「義父上、どうか妻に合わせてください」

令宣こそ焦っていた。先ほどから義父も義母も十一娘を呼びにやる様子がない。

様子が明らかにおかしい。

此処に居るなら何故出て来ないのか。

まさか十一娘が自分に会いたくないと拒絶しているとしたら・・新婚早々に家族の浅慮とは言え徐家としてあるまじき行いを働かせてしまった責任は自分にある。

令宣は自分らしくもなく不安に駆られた。


[羅家での攻防]
「義父上、妻の居所を教えて下さい」
「あ~、十一娘は生憎今遊びに出てるよ。五娘がな十一娘の服を気に入って羨ましがるので十一娘が姉の為にもう一枚作るのさ。それで今冬青と布地選びに行ってる。いつ戻るか分からない・・そうだ、こうしよう。君は仕事に戻ってくれ。十一娘が戻って来たら徐家に送っていく。どうだ?」
「義父上、今日は非番ですのでこちらで待たせて頂きます」
ここまで食い下がられては断れない。
羅家の面々は困惑するばかりだった。
羅大奥様が琥珀に目配せした。
「旦那様、今お茶をお持ちします」と琥珀は裏に廻ると丁度来合わせた召し使いに伝えた。
「徐候爵が来たことを若旦那様に知らせて!早く奥様を見つけてと。この場は何とか切り抜けるから」

[とある空き家]
薄暗い部屋にも朝の光は射しはじめていた。意識を失ったまま一夜を明かした十一娘の頬にも光は届いた。
徐々に意識が目覚めて来た。手足が痛い。縛られている。
顔を巡らすと隣で冬青が同じ格好で縛られている。
拉致されて監禁されている!
十一娘は小声で懸命に冬青を起こした。
「冬青!冬青!」
「は!ここは何処?何があったの?」
戸口の外で男達が話す声が聞こえてきた。
「なあ、あの二人、美人だし・・いっそ俺達で頂いちまおうか」
「黙れ!触るなと指示があったんだ。文句言わずに見張ってろ。今から通報しに行くからな。成功したら報奨金が貰えるんだ」
十一娘は事態を把握した。
「嵌められたね」
「誰がそんな事を!」
「こんな事をするのは決まってる。仙綾閣を出た時から罠に嵌められたね」
「何をされるんでしょう。もしかして犯人は・・」
「大丈夫何もされない。でなければとっくに・・いや、もっと厄介な事になるかも」

どーんどーんどーん・・大胆にも拉致犯の手によって順天府(警察署)の門前に置かれた太鼓が打ち鳴らされた。
「何事だ」順天府の役人が出て来た。
拉致犯は臆面もなく告げた。
「通報します!」

[羅家]
大旦那と大夫人は令宣、喬蓮房を前にしてじりじりと落ち着かない時を過ごしていた。
逆に蓮房は前の二人を底意地の悪い目で眺めて悦にいっていた。
もう少しだ。
もう少しで通報によって役人達が十一娘を発見する。そうなれば十一娘の拉致が白日の下にさらけ出される。
拉致され一晩を外で過ごした事が分かれば十一娘の名節は汚されたも同然。
もう十一娘は徐家に居場所がなくなり自ら出ていかざるを得なくなる。
たとえ令宣が庇っても徐家の名誉を振りかざして大奥様が赦さないだろう。
その後は・・大奥様の後ろ盾もあるし私が上手く立ち回りさえすれば正室の座に最も近いのはこの私・蓮房。
正室の座に着けば令宣が私を拒む理由もなくなる。
口元がどうしても緩んでくるのを止めるのに苦労する。
「令宣、待たせているな。奥や、使用人に探しに行かせるか?」
蓮房がいたぶるように口を出す「琥珀、何故奥様の買い物について行かなかったの?」
「私は別の用事を仰せつかっていましたのでご一緒しませんでした」
蓮房は更に状況を早めようと考えた。
「旦那様、こうしましょう。私が捜しに行きます。奥様のご用事もお手伝い出来ますし、旦那様が迎えに来られた事もお伝え出来ます」
大旦那が蓮房に行かせてはならないと被せるように話す「令宣、うちの者に捜しに行かせる」

「こうします。副将の臨波に行かせます。臨波、行ってこい」
「は!将軍、行って参ります」

[空き家]
十一娘はまだ頭のぼんやりしている冬青を叱咤した。
「とにかく、冬青、縄を解いて!」
二人は後ろ向きになり懸命に縄を解く事が出来た。
十一娘は此処を脱出する手立てについて目まぐるしく策を講じていた。

[臨波]
臨波が部下に指示していると、向こうから順天府の警邏隊の一団がやって来た。
臨波を認めると近付いてきた。
「傳将軍!」
「礼は不要だ。どうした、急いでいるようだが」
「はっ!先ほど通報がありまして、城西の柳胡同で二人の女性の助けを求める声がすると言うので確認しに行くのであります」
「そうか、なら邪魔はしない。急行してくれ」
「は!」敬礼して前進する一団。
臨波の目は鋭くなった。
そして気付かれないよう一団の後ろを静かに尾行していった。

[再び羅家]
一人の役人が案内され部屋に入って来た。
「今し方通報がありまして、羅家の子女が拉致されたと言うのですが、羅家からの通報がありません。どなたか失踪した方がいますか?」
大夫人が咄嗟に答えた。
「そんな者は居りませんよ」
「お邪魔しました。では!」
そこへ繍緑が入って来て蓮房に耳打ちしていった。
蓮房は顔を上げると告げた。
「旦那様、申し上げて良い事かどうかわかりませんが」
「なんだ」
「昨日奥様の護衛が別院に戻りましたが、劉乳母は奥様が羅家に泊まることを知って二人を羅家の側で待機するよう指示したそうです」
「先ほどこちらでは奥様は朝から買い物に出掛けたと仰いましたが、繍緑が護衛に確かめたところ二人は奥様が出てこられた姿は見なかったと話しているそうです」
「義父上、義母上、どういう事です?十一娘は一体何処に…」
蓮房はしてやったりと心中で快哉を叫んだ。
旦那様はこれで知った筈。
名節が汚れた庶女十一娘、遠からずあんたは離縁されて終わりよ!

気まずい沈黙が訪れた、その時。
喬蓮房の目ががこれ以上ないほど見開かれた。
隣に立っていたのは・・

「父上、母上、ただ今戻りました」
溌剌とした笑顔の十一娘とその後ろに冬青が立っていた。
臨波が報告した。
「将軍、首尾よく街で奥様にお会いする事が出来ましたのでご帰宅をお願いしました」

~~~「傳殿!」~~~
臨波の脳裏には街角で自分に呼び掛けた二人の笑顔があった。

しばし驚愕の表情で十一娘を見ていた蓮房は気を取り直すと負けん気を出して問うた。
「奥様、何かお買い物されました?」
すかさず大夫人が助け舟を出す。
「五娘の為の錦はあったのか?」
十一娘はにこやかに淀みなく答えた。
「ああ、全部の店を回ってみたのにあの柄がなくて・・ほら手ぶらで帰って来ました」
「あらそれなら、五娘は糠喜びだね」
「あははは・・・」
大夫人の隣で大旦那様も顔を綻ばせて笑った。
居間は先ほどまでと打って変わって朗らかな雰囲気に変化した。
これ以上十一娘の不在をしつこく追求すれば旦那様の不信感を買う。
落胆した喬姨娘は膨れ面を隠せなかった。

令宣だけは笑顔にはなれなかった。
「無事ならいい、十一娘が帰って来たならこれ以上お邪魔しません。帰ります」

令宣は十一娘の居所に関して家族の対応が不自然な事はとうに気が着いていた。
羅家がひた隠しにするのは自分に知られたくないからだろう。その理由は先ほど順天府から遣わされてきた小役人の言葉ではっきりした。
十一娘は「拉致」されたのだ。
臨波もこの事実に気付いただろう。
拉致されたとなれば十一娘の名節は汚される。
当然羅家はその事実を隠し必死に彼女の行方を捜していただろう。
十一娘と冬青は西山別院を出た後にさらわれた。
琥珀が羅家にいるのがその証拠だ。
十一娘が別院から出掛けた後、別院の護衛が姿を消したことも疑いを容れない。
則ち拉致には西山別院の者が関わっている。
だが西山別院の者が単独で計画したとは考えられない。
その裏で糸を引く者は西山別院の家職と深い関わりを持つ者。
犯人はご丁寧にも順天府に通報し、拉致が自分に伝わるような小細工まで仕掛けている。
令宣はあらゆる可能性について思いを巡らせていた。

「待って、十一娘。珍しい錦を渡すから持ってお帰り。令宣に新しい服を作って」
「はい、母上」

[生還のいきさつ]
大夫人は別室に入ると扉を堅く閉じた。
「今日は一体どういう事?」
「昨日、冬青と拉致されました。兄上と簡先生に助けられました」