[元娘の死]
急を知らされた羅大夫人と十一娘が徐家に到着し、徐大夫人たちと共に入ってくる。
「お母様、旦那様は十一娘を嫁にすると約束してくれました、これで安心して逝けます」
しんと静まりかえった部屋にか細い声が通った。
母親に話しているようでその実、徐大夫人を始めここに居る全員が証人となるよう皆に聴かせているのが分かった。十一娘は背中に視線の剣を刺されたようだった。
大夫人に元娘が別れを告げる。
そして十一娘が枕元に呼ばれた。
「この永平公家・・」
十一娘にだけ聴こえる小声だった。十一娘は姉に身を寄せた。
「表向き穏やかに見えるが実は危険が潜んでいる」
「私の病気も怪しい・・薬さえない」
「あなたはしっかりした子なので安心出来る。諄のことは任せた…」
十一娘は姉の視線を受け止め無言で頷いた。
姉は最期に諄を傍に呼び寄せか細い声で子守唄を歌った。
皆がしんと鎮まる中、元娘は手を伸ばした。
「旦那様…」
それが最期だった。

[十一娘の嫁入り]
(園のめかけ達)
元娘がみまかり徐家は喪に服していた。
園のあずまやで麻の白い喪服に身を包んだ妾達3人が向かい合っている。
ぺらぺらと一人文姨娘が調子に乗って話している。
「奥様が亡くなっても次に嫁いでくる正室はまた羅家からだわ。その奥様は前の奥様とは違って庶女ときてるでしょ。ただの庶女に過ぎない女に私達は奥様と呼ばないといけないとはツイてないわ。特に・・」
文姨娘は視線を蓮房に注いだ。
「貴女のように身分が高い嫡女が今度来る身分の賎しい庶女に頭を下げなきゃならないとは、貴女もおつらいでしょうね」
文姨娘のいつも通りの明け透けな物言いに、蓮房は明らかに自分への皮肉と受け止めたようで
「お気にかけて頂きありがとうございます。これからは精々文家の商いを贔屓にするよう父に手紙を出しますわ!」
すっと立ち上がるとつんと顔を背けて庭園を出て行った。
文家の商いに差し障りが生じては大変と青くなった文姨娘が言い訳した。
「そんな積もりで言ったんじゃないのよ、気に障ったらごめんなさい!喬姨娘!待って…」
文姨娘は慌てて蓮房の跡を追った。

その喧騒をやや離れた位置からじっと眺めていた令宣が険しい表情で照影に呟いた。
「主母が亡くなったと言うのに悲しむどころかああやって牽制しあい、嫉妬しあっている。このような妾達が果たして必要だろうか・・」
[令宣の不在]
令宣は暫くすると軍営に戻り公務を果たす為としおよそ1年ものあいだ徐家に帰っては来なかった。

徐家大夫人は二姉に愚痴をこぼしていた。
「元娘が十一娘と謀って喬蓮房を嵌めたのだ。どうやら今度来る十一娘も良い人間ではないらしい。令宣が約束したのでなければあの庶女を嫁にすることなど許さなかった。徐家は庶女が容易く取り仕切れるような家ではない」
二姉は穏やかな人柄らしく、まだ分かりませんよと義母を宥めていた。

[慈安寺の清暝]
十一娘と冬青は慈安寺の階段を上がっていた。
姉の枕元で約束してからは大夫人も安心したのか慈安寺へ母の菩提を弔いに行きたいというと快く馬車を出してくれた。
階段の上で落ち葉を掃いていた僧に尋ねる「清暝さんは居らっしゃいますか?」
「清暝は師匠と一緒に修業の遊歴(旅)に出ました」
「何処へ行かれたでしょうか?」
「わかりません」
十一娘は清暝が何かを思い出したかも知れないと望みを持っていた。
遊歴に出たとなればしばらくは帰っては来ないだろう。
折しも降ってきた雨に肩を濡らし冬青に促され戻るしかなかった。

一年後・・[婚礼]
16歳の十一娘が鏡を見つめる。
赤い婚礼衣装に身を包んだ自分がいた。頭を高く結い上げ華やかな金の冠や玉のかんざしがまるで自分ではないようだ。五娘が会いに来て花嫁姿を大いに褒めてくれた。彼女が表を見てくると出ていったあと、そこへ羅奥様が来て言葉をかける。
「準備は整ったようだね。元娘の遺言を忘れてはいまいな。嫁いだら必ず諄様の世話をすることを肝に銘じるのだよ」
「忘れてはいません。本分を守り諄様のお世話をします」
しかと頷いて大奥様が出ていった。

令宣が赤い大礼服に身を包み花嫁を迎えに進んでくる。令宣の馬を先頭に列の歩みはゆったりとしている。
羅家の正門には沢山の祝いの人や見物人が黒山の人だかりとなり一目花嫁を見ようと詰めかけていた。
祝いの菓子が配られ爆竹が鳴らされる。
十一娘は兄・振興の背におぶわれ徐家の輿に乗る。
顔を覆う赤い布を少したくし上げ十一娘は自分があれだけ離れたいと願っていた羅家がゆっくりと遠ざかっていく様子を不思議な気持ちで味わっていた。

遂に徐家に到着した。馬車から降りる時、差し出された手が冬青のものではなく令宣の大きい掌だったことに十一娘は少し動揺した。

[寝室の攻防]

徐家の広間には親族が集まり婚礼の儀式が始まろうとしていた。
広間に入るとき、ちょっとしたハプニングが起きた。
入口の敷居に十一娘が躓いたのを咄嗟に令宣が手を指し延べてくれたお陰で十一娘は転ばずに済んだ。
先ほど馬車を降りる時といい、
出来るだけ令宣に触れずにいようとしてたのに、
十一娘はひとり冷や汗をかいた。

正面の大夫人、そして両側に居列ぶ夫の家族と徐家の親族達。
この中に本当にわたしを歓迎している人が居るとは思えない。
・・・
華やかなのは表向き。まるでこの徐家のように。
婚礼のさなかにあって十一娘の心は冷え冷えとしていた。
その夜、正室の部屋は赤い帳で覆われ、
十一娘は頭に赤絹を被ったまま寝台にちょこんと座っていた。
冬青がその手を握る。
「お嬢様!お腹が空いていませんか?」
十一娘は無言で首をふる(・・何も喉を通らないわ)
「お嬢様、誰でもいつかは通る道なんですから、、大丈夫!」
(冬青、人事だと思って)
「冬青・・わたし、、」
(わたし、どうしたんだろう?緊張してる?)
後ろから琥珀が微笑んで冬青に注意した「冬青、お嬢様はもう結婚なさったからこれからは奥様と呼ばなければ」
「分かっています!・・ちょっと忘れただけ」むきになった冬青が言い返す。
こんなやり取りもいつも通りの3人なのに、、。
二人が出て行く。
遂に令宣が赤い礼服のまま入ってきた。
令宣はゆっくり彼女へと歩み寄る。
そして赤い絹に手をかけ取り去った。
その布の下から十一娘の挑むような目が現れ瞬きもせず令宣を見ていた。
「こんな時にまともに目を合わせるんだな」
「下心がある人間だけが人の目を見ないんです」
「相変わらず口が達者だな」

隣に令宣が座り二人列んで更にぎこちない空気が流れた。
その空気を破る勢いで突然、十一が立つ。「装身具を外してきます」
が、令宣が十一娘の裳裾の上に座ってしまった為に、立った途端バランスを崩して
令宣の膝の上に倒れてしまった。焦る十一娘。
動転してまた座りなおすと令宣が硬い声で話し始めた。
「大人しく家訓を守るんだ・・過去の事は咎めないが、お前と元娘のしたことは二度と許さないからな」
(あれ!?あれは私も仕組んだ事になってるんだ!とんだ濡れ衣だわ!ふん、でもまあいいわ。この人に好かれたい訳じゃないから)
「そうお思いになるなら(お好きにどうぞ)!旦那様のお言葉に従います」
さっと令宣の膝の下から裳裾を引き抜くと、わざとらしく着物を整え簪(かんざし)を取る為に鏡の前に座った。

どんな刺しかたをしたのか、冬青!簪(かんざし)は容易に抜けなかった。
無理に抜こうとすると髪がばらばらになりそうだ。「冬青~!・・」
助けを呼んでも誰も答えない。
いつの間にか後ろに立っていた令宣が初夜の作法通り一本づつゆっくりと簪を引き抜いていく。
その表情から気持ちを読み取ることは出来ない。
高く結われた髪に生まれて初めて男の指が触れ、生まれて初めて男の手で簪が引き抜かれていく。
髪に触れられる感触が言いようのない痺れとなって全身に伝わってゆく。
初めて味わう感覚は予測のつかないさざ波を引き起こし十一娘の鼓動はなかなか収まらなかった。

ようやく赤い婚礼の寝間着になり二人して寝台に横たわっていた。
令宣の脳裏には亡き元娘の弱々しい声が聞こえる。
…「彼女の顔を立てて下さい」…
元娘の計画通り諄の継母として嫁いで来たとしても妾達にしたように仕事にかこつけて知らん振りをする事は出来ない。
彼女は単なる息子の守り役ではない。
正式な私の妻だ。
令宣は半身を起こして十一娘に身を寄せた。
彼女がまた目を見開いて彼を凝視しているのでぎょっとした。
「何故わたしを見詰める必要がある?目を閉じろ」
その一言で十一娘はぎゅと目をつむる。わざとらしいつむり方が子供のようでおかしい。
それでもめげずに顔を近付けていくと、突然ガバと身を起こして「お腹の調子が悪いみたいです!お水を飲みたいです」と訴える。
承諾を与えると立ち上がって暖閣で茶を飲み、こそこそとこちらを盗み見たりと落ち着きがない娘だ。
やれやれ、付き合っておれないので向こうを向いて寝たふりをしてやっている内に昼間の疲れと酒のせいか令宣も徐々に眠気が差してきた。

(寝たかな?・・)
十一娘は抜き足差し足で寝台に近寄ってみた。
静かだ。
どうやら本当に休んでいるみたいだわ。
そっと隣に横たわってはみたものの寝間着だけだと風邪を引くと令宣からじわじわ掛布団を引っぱった。

夜のこの攻防に疲れたのか十一娘にも眠りが訪れてきた。
令宣が彼女に布団を掛け直してやっているのも知らず、そのまま朝まで熟睡した。