「まあ、嬉しい!」

正月の祝いとして江南の鴛蓉から送られて来た荷を解いて十一娘は顔を綻ばせた。

徐府の奥様方にお配り下さいと文が添えられている。

肌荒れに効能のある化粧水などと共に眉墨が入れられていた。

中秋節に集まった女同士の雑談の時、今使っている眉墨が気に入らないと文姨娘にこぼしたからに違いない。

宮中で高価な化粧品を使い慣れている鴛蓉が選んで送って来てくれたのだ。

きっと上質なものに違いないわ。

令宣が尋ねた。

「何をそんなに嬉しそうにしているのだ?」

「江南からとても良さそうな眉墨が送られて来たんです」

「ふうん、たかが眉墨にそんなに違いがあるのか?」

十一娘はくすくすと笑った。

「殿方には判りませんよ…」


翌朝、鏡台を前に新しい眉墨を手に取っていると令宣が傍にやって来た。

妙な微笑み方をしている。

「どれ…眉を描いてやろう」

十一娘ははっと夫から身を離した。

「え?け、結構です」

令宣は鼻白んだ。

「私が京兆尹に劣るとでも言うのか」※

十一娘は眉を顰めてもごもごと口籠った。

「そうは言ってません…」

「京兆尹がいくらのものだ。私は都察院だ…全然負けてないぞ。どれ眉墨を貸してみろ」

「えっ!?」

十一娘は令宣が伸ばした手から眉墨を遠ざけた。

「令寛殿なら分かりますが…旦那様は…」

令宣はムッとした。

「なに?令寛と比べるのか?益々頂けないぞ」

「ですが令寛殿は舞台にも立って化粧も玄人顔負けですが…旦那様は…その…」

令宣は十一娘の手首を難なく掴んだ。

「四の五の云わずとにかく貸してみろ」

根負けした十一娘は渋々令宣に眉墨を渡した。

もうどうなっても知らない!

令宣はいかにも嬉しそうに眉墨を手にした。

十一娘と面と向かうと真剣な眼差しで描き始めた。

十一娘は完全に疑心暗鬼となった。

「だ…大丈夫ですか?」

「安心しろ…絵心はある」

「絵心ですか?」

「これでも徐家では二兄上の次に画才があるといわれたものだ」

「はあ…」


「母上…凧揚げしませんか…!あ!」

バサッ!

突然入って来た仁興が手にしていた凧を取り落とした。

「なあに…仁興」

「母上……母上って」

「なに?…」

仁興は落とした凧を拾い上げると凧と母の顔を交互に見た。

「母上…この凧そっくり…」

仁興が手にした凧には勇ましく兜を被った武将が描かれていた。

「何ですって!?」

十一娘が慌てて鏡を覗くとそこには無惨にもとんでもなく太い眉毛が映っているではないか。

「貴方!!」

十一娘が旦那様ではなく貴方と呼ぶ時は怒りが最高潮に達している時だ。

令宣は顔色を変えると慌てて立ち上がり仁興を急かした。

「仁興!凧揚げだ!凧揚げに行くぞ!!」

あっと言う間に姿を消した父の跡を追うように

仁興も血相を変えた母に慌てて走り出て行った。


※後漢の京兆尹の官吏張敞は 張敞は妻を深く愛し朝方の化粧の時、いつも妻の眉を描いた。張敞は人の心を揺さぶるほど美しく眉を描くという噂が長安中で広まり、漢宣帝の耳にも届いた。 帝が張敞を査問すると、張敞は堂々と答えた。「私は自分の妻の眉を描くだけです。寝室の中の夫婦には眉を描く以上のことがあるといいますが‥。」宣帝は尤もだと笑うだけだった。 “張敞画眉”は夫婦の恩愛、“京兆眉嫵”は婦女の眉が秀美なことを表す言葉となった。