隼娘の産んだ元気な男の子は顧佐によって舜と名付けられた。


顧佐の喜び方は尋常ではなく

満月祝いでは周家は無論地方の名士を片っ端から招待し顧家の跡取りとして紹介し宴は大いに盛り上がりを見せた。

その日顧佐は綺羅びやかに装った隼娘を惜しむかのように自分の腕から離さなかった。

赤子を産んだ後とも思えない隼娘の括れた腰と盛り上がった胸に男達の視線が集中し出すと顧佐は隼娘を奥へと下がらせた。

男達の羨望の目に顧佐は優越感に浸り、若く美しい妻を持つ顧佐を羨む言葉は彼を有頂天にさせた。


数日後、中央政府から派遣された刑部陝西清吏司主事がこの地方を巡検に訪れるとの知らせが届いた。

顧佐は一帯を踏査する主事一行に同道する任務を仰せつかり屋敷を数日留守にする事となった。

出発の朝、順娘は赤子を抱く隼娘と共に夫を見送った。

隼娘は夫との束の間の別れを惜しんでいたが

順娘は型通りの挨拶をしただけでつんと澄まし

夫に向ける目は冷えびえとして口元には薄い笑みを浮かべていた。

遠ざかる顧佐の後ろ姿を何時までも見送る隼娘を置いて

順娘はさっさと門の内側へと入って行くと下男の石囚を呼んだ。


石囚は順娘の実家から連れて来た彼女が最も信頼する男で普段は屋敷の雑用を任せている。

幼馴染みの石囚に順娘は素の自分を曝け出していた。

自分を偽る必要がない。

ありのままを受け入れ裏切らない事を彼女は知っていた。


石囚は重い気分で順娘の元へ急いだ。

順娘お嬢様は以前は下の者にも優しい穏やかな性分だった。

しかしもう以前のお嬢様ではない。

この一年朗らかな顔を見た事がない。

原因ははっきりしている。

旦那様が隼娘を迎えたからだ。


隼娘が男の初子を産んだ事で顧家の跡取りは決まった。

この頃にはもう顧佐は取り繕う事もなく夜になれば当然のように隼娘の部屋で休むようになっていた。

順娘の心が平衡を失い壊れてゆくのは必定だった。

夫の愛を失った順娘の心は斬り刻まれて血を流しそれは次第に凝り固まり憎しみの色にどす黒く染まっていった。

順娘から呼ばれた石囚は怖ろしい計画を聞かされた。


その夜皆が寝静まった頃、

隼娘の居所である離れの一棟が炎に包まれた。

扉や窓は激しく焔を噴き出していた。

風向きが悪過ぎた。

西からの偏西風は砂漠の乾ききった空気をこの地に運び折しもからからになった屋敷の焔はまたたく間に燃え広がった。

家僕達が仰天して起き出し水桶で消火しようと試みたが焼け石に水とはこの事だった。

屋敷から噴き出す火勢に誰一人近付けない。

とうとう柱も燃え尽き屋根が落ちた。


夜明け前にも関わらず役所からも人が集まり出し衙門が焼け跡を捜索した。

黒焦げになった二遺体が筵ごと庭に並べられた。

大きい方は間違いなく隼娘であり、小さな遺体は舜に違いないと人々は頷き合った。

女中部屋で寝起きしていた姥やは難を逃れたが

並べられた筵を見てへたり込むと号泣していた。

東の空が明るくなった頃周家から家族と使用人が大挙してやって来た。

周大人は検視の役人に促されて確認を行いその遺体が娘と孫であると男泣きに泣きながら証言した。

昼頃、危急を知らされた顧佐が早馬で帰宅した。

既に棺桶に納められ屋敷内に安置された妻と子を前に顧佐は泣き崩れ真夜中まで立ち上がる事さえ出来なかった。


一方その頃、石囚は赤子を荷車に乗せ都へ通じる道をひた走っていた。

お嬢様は舜様を隼娘様と一緒に葬ろうとなさっていた。

流石にそれは出来ないと思った。

生まれたばかりのかけがえのない生命だ。

順娘様が隼娘様を憎む気持ちは分かるが赤子に罪はない。

とても言い付け通りには出来なかったので一計を案じた。

村の外に無縁墓地がある。

墓地というのは名ばかりで、大きな穴が掘ってあり、乞食や流れ者、流行り病で亡くなった者、気の触れた女が産み捨てた赤ん坊などが供養もされずそこに棄てられ積み重なっている不潔な場所だ。

時折役場から人が遣わされて来て上から土を被せる。

強烈な異臭のするその墓地へ行く者は居らず人から見られる恐れもない。

石囚はその場から棄てられたばかりの赤ん坊の遺体を拾った。


犯行は隼娘と赤ん坊に眠り薬の入った茶を飲ませてぐっすり寝かせ、その後お嬢様が火を付けて行われた。

見張り役の石囚はお嬢様が逃げ去ってゆく隙を見て舜様をその遺体と取り替えるのに成功した。


その後三日三晩をかけて都の郊外まで辿り着いた石囚は運河の畔で荷車を停めた。

お腹を空かせた舜様には途中の村々で貰い乳をしながら凌いだ。

妻の乳が出ないと言って銀子をちらつかせれば大抵の母親は喜んで乳を飲ませてくれた。

綺麗な子だとあやしたり褒めてもくれた。


ここは見晴らしがよく木陰もあり釣り場として良さそうだ。

辺りを見回しても今はまだ人影がない。

それを確かめると

馬から舜を載せた荷車だけを外し木陰に置いた。

「どうか良い人に拾われてくれよ…」

石囚は手を合わせると身軽になった馬に跨り元来た道へは帰らず南へと歩みを進めた。