
令宣はひと先ず、仕事に没頭する事で羅十一娘を頭から追い出す事に成功した。
元娘の喪に服していた為に仕事の量は膨れ上がっていた。
相次いで鬼籍に入った海賊燎勇兄弟の生前の足取りを掴む捜査は着々と進んでいる。
東南部に派遣した部下達から上がって来た情報を分析するのは彼の仕事だ。
また密かに区家の縄張りである兵部、礼部に内通者を潜入させる事にも成功した。
そうして仕事に夢中になっている時間だけが唯一脳裏から徐家の奥院のいざこざを追い出す事が出来るのだ。
それでも時折静かな池の表にぽっかりと泡が浮かび上がるように彼女、羅十一娘を思い出す瞬間があった。
はっきり言って彼女の若さが引っ掛かっていた。
自分が十五も歳の離れた彼女を娶るのは果たして道理に叶った正しい行いなのだろうか。
同じ疑問は元娘にも問いかけた。
だが元娘が云った通り
諄には守ってくれる母親が必要だ。
あかの他人が継室になれば諄の身分は脅かされる。
元娘が令宣に縋って妹を継室にとひとえに願ったのはそれ故だ。
尚且つ卑怯な手を使ってまで喬蓮房を追い落としたのは後の憂いを失くする為だろう。
元娘は周到だ。
十一娘がこの件に姉に言われて何処まで関わったのかがよく分からない。
もし積極的に関わっていたなら策を弄する姉と似ているではないか。
いやいや…と令宣は頭を振った。
彼は十一娘が姉と共にそんな策略を巡らしたとは信じたくなかった。
羅家の廊下に立ち塞がった時の彼女の瞳を思い出す。
彼女は亡き母を侮辱された噂に対して身分の違いを恐れず敢然と抗議した。
あれほど正々堂々とした態度の彼女が人を陥れる小細工を弄するとは思えない。
憤る彼女の瞳には令宣が見たことのない大胆な輝きが灯っていた。
臨波が見抜いたように彼女は只者ではないのかも知れない。
若いに似ず余程厳しい境遇に居たのやも知れぬ。
そもそも警護の者も連れずに無断で侍女と母娘だけで慈安寺に居た事も普通ではないと令宣はみていた。
羅家には我々の知らない深い事情が潜んでいるのだろうか?
いつしか十一娘という娘に深い関心を寄せている自分に令宣は気付いた。
ともあれ
羅家の孫でもある諄に叔母に当たる十一娘が嫡母となるのは自然な成り行きで良い事だ。
令宣は十一娘を娶る理由をそう解釈して、これも運命なのだと自分に言い聞かせた。
仕事に没頭する時間はあっという間に過ぎていった。いよいよ令宣の婚礼の日となった。
令宣は久々に赤い婚礼服を着用し人々の歓呼を受けながら羅家に向かい馬を進めた。
若かった頃と違い落ち着いた年齢になって身に着けた二度目の赤い礼服は実に面映ゆかった。
花嫁はどんな心境なのだろうか。
羅振興兄におぶわれて徐家の馬車に乗り込んだ花嫁の赤い頭巾を令宣は眩しく眺めた。
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