絢姫こと阿雅公主は少しも諦めてはいなかった。

なんとか汀雨との接点を見つけようとして苦心していた。


その日も絢姫は密かに汀雨の屋敷近くに馬車を停めて屋敷を観察していた。

汀雨の側近くに身を置くだけで心が湧き立つ。

御簾を僅かに上げて玄関近くを伺った。

すると其処には厚かましくも玄関を覗き込んでいる輩が三人もいるではないか。

世間ではあの連中を「追従者」と言うらしい。

あんな下賤な女子共が汀雨さまの静謐を犯すのは許せない。

絢姫は侍衛に言い付けた。

「あの者どもを追っ払いなさい」

「は!」

侍衛はカチャカチャと脇差しの音をさせながら玄関まで駆けて行った。

「おい、そこの者ども、この屋敷から立ち去れい」

三人の娘達は一斉に振り返った。

「なによ!いきなり失礼ね!あんた誰よ!」

「そうよ、あんたに言われる筋合いじゃないわよ」

「えっらそうに!」

殺気立った女達の総攻撃を受けて侍衛も怯んだが、ここで引き下がる訳にはゆかない。

睨みを効かせながら薙ぎ払うように腕を振った。

「兎に角邪魔だ!そこを退け」

威嚇は逆効果だった。

「煩いわね!」

「あんたこそ帰りなさいよ!」

「そうよそうよ!」

一触即発の空気が張り詰めたその時

ガタッ!

いきなり玄関門扉が開き人が現れた。

「しーーーっ!」

唇に人差し指を当てた高新だった。

「騒がないで下さいよ。ご近所迷惑です」

一人の女子は既に高新と顔見知りなのか逆に取り縋って来た。

「お弟子さ〜ん、先生はご在宅ですか?…差し入れを持って参りました…先生に差し上げてください」

「あたしも〜!」

「お願いしま〜す。コレお渡しくださ〜い」

皆が皆口々に高価な菓子や服飾品が入った紙包みや風呂敷を渡そうとして高新に向かって手を差し出した。

高新は慣れた態度で制した。

「皆さん、それは持ち帰って下さい。先生はお受け取りになりません」

女子達はまた一斉にブーブー文句を垂れた。

「や〜ん、お弟子のケチ〜」

「けちんぼ!」

「どケチ」

いや、それは違うだろ。

ケチじゃないから受け取らないのだ。

腹に据え兼ねた高新は彼女らの鼻先でバタリと戸を閉じた。


部屋の中まで騒ぎが聴こえて来たのだ。

「帰ったか?」

「はい師匠…ところで今日は侍衛が来てあの人達を追っ払おうとしてました」

「侍衛?」

「恐らくまた近くに阿雅公主が来てたんじゃないでしょうか」

汀雨は額に手を当てて綺麗な眉を顰めた。

「・・・」

高新は惚れ惚れと感心した。

悩む姿も美しいな師匠は。

その時家僕の爺さんが高新を呼びに来た。

「高新さん、玄関に出て行っておくんなさい…」

高新も眉を顰めた。

「また、誰か来たのか?」

爺さんは言いにくそうにしていた。

「お姫さんが立っとられます」

「ひえ」

ガタッ!

高新は椅子をひっくり返して立ち上がった。

「遂に此処まで来たか」

汀雨は厳命した。

「高新…絶対門から内に入れるな」

高新の顔もピリリと緊張していた。

「承知してます」

その一歩を許せば次は客間となり際限なく師匠の領域へと踏み込んで来るだろう。

爺さんと共に玄関を開けるとなるほど絢姫が侍衛と侍女を従えて立っていた。

「先生はご在宅でらっしゃる?」

「過日お伝えした通り、男の一人住いです…どうぞお帰り下さい」

「侍女も居ないの?」

「おりません。側仕えは私だけです」

それを聞くと公主は嬉しそうな顔になった。

「先ほどこの目で見たわ。下賤の女子達が此処で先生を待ち構えて騒ぎを起こそうとしているのを」

「それは、どうも」

公主はチラと後ろの侍衛を顎で指した。

「先生にお伝えして。うちの侍衛は皆腕が立つわ。先生があのような有象無象の輩達に煩わされれないように、今日から侍衛を派遣します」

高新は仰天した。

「と、とんでもありません!そんな事をされれば師匠に私が叱られます…どうかそんなお気遣いはご無用になさってください」

固辞する姿勢を示す為まるで鳩のようにペコペコ頭を下げた。