「解雇規制緩和」の破滅的危険性
~解雇規制の緩和は全ての労働者の生活と労働組合に壊滅的な打撃を与える
(棗 一郎 弁護士)
2.解雇自由・解雇規制緩和をめぐる政府会議の提言
産業競争力会議では、人材力強化・雇用制度改革のテーマ別会合主査である長谷川閑史氏(武田薬品工業社長)らが、「雇用維持型の解雇ルールを世界標準の労働移動型ルールに転換するため、再就職支援金、最終的な金銭解決を含め、解雇の手続きを労働契約法で明確に規定する」とし、民法627条の解雇自由の原則を労働契約法にも明記し、判例に基づく解雇権濫用法理による解雇ルールを見直すとしている。
安倍内閣の労働政策で最も重要な役割を果たす規制改革会議の雇用ワーキング・グループ座長鶴光太郎氏は、本年3月28日の同グループ第1回会合で、正社員改革の筆頭に「解雇ルールの在り方」を挙げて、「勤務地や職種が限定されている労働者についての雇用ルールの整備」と「整理解雇4要件の在り方、解雇補償金制度の創設」を今後議論するとしている。
そして、6月5日に発表された規制改革会議雇用ワーキング・グループの(最終)報告書では、ややトーンダウンして、3つの取りまとめ事項の中に「解雇規制緩和」は入っていないが、同報告書2頁(1)正社員改革の最後の段落で、「判決で解雇無効とされた場合の雇用終了の在り方」については、「諸外国の制度状況、関係各層の意見などを踏まえつつ、丁寧に検討を行う必要がある」として、解雇補償金制度(解雇の金銭解決制度)の主張はなくなってはいない。
6月14日に開催された連合総研主催のワークショップの中で、鶴座長に対し、「今夏の参議院選挙が終わったら、具体的な規制改革項目として解雇の金銭解決制度を掲げるつもりなのか。規制改革会議、安倍内閣としてやるつもりがあるのかないのか」と質問してみたが、明確な回答はなかった。やはり、参議院選挙までは世論の反発を恐れて多くを語らないが、与党が大勝すれば選挙後に解雇規制緩和の大合唱が復活する危険性がある。現に、規制改革会議の太田議長代理が、秋にも解雇の金銭解決の議論を始めるべきだと発言している。大いに警戒すべきである。
「解雇規制緩和」の破滅的危険性
~解雇規制の緩和は全ての労働者の生活と労働組合に壊滅的な打撃を与える
(棗 一郎 弁護士)
1.議論の出発点~解雇規制緩和・解雇自由論が噴出した背景
昨年末の衆議院選挙で安倍政権が誕生してから、「解雇規制緩和論~解雇 自由論」が出てきて、私たちは大変驚いた。労働弁護士や労働組合だけでなく、日本で働くサラリーマン・労働者の全てが驚くような内容であった。本気で安倍自民党・公明党政権は「解雇規制の緩和」をやろうとしているのか? 私たちは非常に警戒した。
それだけではない。今回再び安倍政権が誕生して、またも“労働ビッグバン”の政策を掲げて邁進しようとしている。あたかも過去の亡霊が復活したという感がある。
以前の小泉政権の時に規制改革会議は“労働ビックバン”をぶち上げて、日本の労働市場の完全な規制緩和(規制撤廃)を目論み、労働者派遣法の規制緩和、労働時間規制の緩和、解雇規制の緩和をやろうとした。奇しくも、“日本版ホワイトカラー・エグゼンプション”を導入しようとしたのは(第1次)安倍内閣の時であった。この法案は2006年1月国会上程寸前のところまでいったが、‘過労死促進法’‘残業代0法案’と国民世論の猛反発を生み、法案提出を断念した。労働側の立法運動の勝利であった。
その後、行き過ぎた規制緩和と福祉を切り捨てる新自由主義経済政策が破たんして、日本は貧困と格差が著しい“格差社会”となり、非正規労働の増大により“ワーキングプア”層が出現し大きな社会問題となった。2008年秋のリーマンショックに端を発する世界同時不況により、わが国でもいわゆる“派遣切り”の嵐が吹き荒れ、激しい世論の批判が巻き起こった。
2009年夏の衆議院選挙により政権交代が実現し、民主党政権が誕生した。それまでの労働政策を転換させ、労働者保護の規制強化に大きく舵を切った。民主党の労働者派遣法改正法案は、抜本改正の名にふさわしいものであった。野党の徹底的な抵抗(審議拒否)にあって、登録型派遣原則禁止・製造業務派遣原則禁止は削除され骨抜きにされてしまったものの、それでも平成24年、労働者派遣法が大改正され、労働者保護法に生まれ変わった。また、非正規雇用の大多数を占める有期雇用労働者の雇用の安定と労働条件格差の解消のため労働契約法が改正され、初めてといっていいほど有期雇用労働者を保護するための戦後最大の改正が行われた。民主党政権が実現したからこそ、労働者派遣法の改正も有期雇用法制の改正もできたのである。
ところが、今回の安倍政権は、民主党政権が行った労働者保護のための労働者派遣法の改正と労働契約法改正を亡きものにして葬り去ろうという政策を次々と打ち出してきた。これが今回の労働規制緩和の動きである。あたかも、使用者側の意趣返しの様相を呈している。労働者派遣法の改正も労働契約法の改正も使用者側にとっては‘得るものが一つもない’ものだったから、再び自公政権へ戻ったからには、今度は使用者側の好きなようにやらせてもらうということである。
第2次安倍政権が誕生してから、今回の経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議の政策提言の動きにはこのような背景があることをまず踏まえて考えなければならない。
~解雇規制の緩和は全ての労働者の生活と労働組合に壊滅的な打撃を与える
(棗 一郎 弁護士)
1.議論の出発点~解雇規制緩和・解雇自由論が噴出した背景
昨年末の衆議院選挙で安倍政権が誕生してから、「解雇規制緩和論~解雇 自由論」が出てきて、私たちは大変驚いた。労働弁護士や労働組合だけでなく、日本で働くサラリーマン・労働者の全てが驚くような内容であった。本気で安倍自民党・公明党政権は「解雇規制の緩和」をやろうとしているのか? 私たちは非常に警戒した。
それだけではない。今回再び安倍政権が誕生して、またも“労働ビッグバン”の政策を掲げて邁進しようとしている。あたかも過去の亡霊が復活したという感がある。
以前の小泉政権の時に規制改革会議は“労働ビックバン”をぶち上げて、日本の労働市場の完全な規制緩和(規制撤廃)を目論み、労働者派遣法の規制緩和、労働時間規制の緩和、解雇規制の緩和をやろうとした。奇しくも、“日本版ホワイトカラー・エグゼンプション”を導入しようとしたのは(第1次)安倍内閣の時であった。この法案は2006年1月国会上程寸前のところまでいったが、‘過労死促進法’‘残業代0法案’と国民世論の猛反発を生み、法案提出を断念した。労働側の立法運動の勝利であった。
その後、行き過ぎた規制緩和と福祉を切り捨てる新自由主義経済政策が破たんして、日本は貧困と格差が著しい“格差社会”となり、非正規労働の増大により“ワーキングプア”層が出現し大きな社会問題となった。2008年秋のリーマンショックに端を発する世界同時不況により、わが国でもいわゆる“派遣切り”の嵐が吹き荒れ、激しい世論の批判が巻き起こった。
2009年夏の衆議院選挙により政権交代が実現し、民主党政権が誕生した。それまでの労働政策を転換させ、労働者保護の規制強化に大きく舵を切った。民主党の労働者派遣法改正法案は、抜本改正の名にふさわしいものであった。野党の徹底的な抵抗(審議拒否)にあって、登録型派遣原則禁止・製造業務派遣原則禁止は削除され骨抜きにされてしまったものの、それでも平成24年、労働者派遣法が大改正され、労働者保護法に生まれ変わった。また、非正規雇用の大多数を占める有期雇用労働者の雇用の安定と労働条件格差の解消のため労働契約法が改正され、初めてといっていいほど有期雇用労働者を保護するための戦後最大の改正が行われた。民主党政権が実現したからこそ、労働者派遣法の改正も有期雇用法制の改正もできたのである。
ところが、今回の安倍政権は、民主党政権が行った労働者保護のための労働者派遣法の改正と労働契約法改正を亡きものにして葬り去ろうという政策を次々と打ち出してきた。これが今回の労働規制緩和の動きである。あたかも、使用者側の意趣返しの様相を呈している。労働者派遣法の改正も労働契約法の改正も使用者側にとっては‘得るものが一つもない’ものだったから、再び自公政権へ戻ったからには、今度は使用者側の好きなようにやらせてもらうということである。
第2次安倍政権が誕生してから、今回の経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議の政策提言の動きにはこのような背景があることをまず踏まえて考えなければならない。
ドイツにおける解雇規制の緩和と補償金制度
(高橋賢司 立正大学准教授 ミュンヘン大学労使関係労働法研究所客員研究員)
一.はじめに
解雇規制は、新規採用を妨げ、失業率を高める効果があると指摘されてきた。解雇に関する法規制がインサイダーである正規労働者を守るが、企業が新規の採用を控えてしまう結果、労働市場の外にいるアウトサイダー(労働市場に入れない失業者)が労働市場に参入できなくなる、といわれる。こうしたことは、90年代後半日独ともに実証的な検証もないまま説かれた。これについて、ドイツでは、上の経済学上の理論に基づき、解雇規制が緩和された。解雇の補償金制度も日本では90年代以降議論され、規制改革会議において再び検討され、論議を引き起こしつつある。ドイツの解雇の場合の補償金制度については、長く複数の制度が存在している。ここでは、まず、ドイツにおける規制緩和の内容とその実証研究について検討し、解雇規制の緩和が採用ないし雇用にポジティブな影響を与えるものなのかを検証する。同時に、解雇の補償金制度について、制度と実務を紹介し、わが国の議論に何が必要なのかを考えることにしたい。
二. ドイツにおける規制緩和
1.ドイツにおける解雇規制の緩和
ドイツでは、二度にわたって解雇規制の緩和政策を実行に移した。1996年のコール政権下、さらには、2003年のシュレーダー政権下において、二度、解雇規制の緩和政策を実行に移している。コール政権の末期、1996年、従業員10人未満の事業場に対して解雇規制は及ばないとする法改正を行った(一度目の解雇規制の緩和)。政権交代後、社会民主党・緑の党政権、シュレーダー政権によって、1998年に解雇規制は、いったんは、1996年以前の規制に戻される。しかし、失業率が高いままでとどまっていたドイツでは、同じシュレーダー政権の下で、2003年に解雇規制の緩和を再び行う。コール政権の際の解雇規制の緩和と同じく、従業員10人未満の事業場に対して解雇規制は及ばないとする法改正を行なう(二度目の解雇規制の緩和)。
解雇規制は、新規採用を妨げ、失業率を高める効果があるのが事実だとすれば、1996年、2003年の二度にわたる解雇規制の緩和によって、その後、労働者の採用が増えていなければならない。これについて、実証的な検証が行われている。解雇規制の緩和が採用に影響を与えるか否かという問題に関する重要な資料である。
2.1996年の解雇規制の緩和の検証
1996年のコール政権における解雇規制の緩和が与える雇用への影響、とくに新規採用への影響が研究されている。解雇規制を緩和し、10人未満の事業場への解雇規制を及ばないとした1996年の法改正以降、6人から10人未満の従業員を抱える事業所では、理論的には採用は増えていなければならないところである。連邦経済省の委託研究の調査(Friedlich/Hägele, Ökonomische Konsequenzen von Schwellenwerten im Arbeits-und Sozialrecht sowie die Auswirkungen dieser Regelungen,Untersuchungen im Auftrag des Bundes ministerium für Wirtschaft, 1997, S. 10)では、雇用の増加のあった企業は約40%で、残りの60%は、むしろ、雇用は減少したか、あるいはそのままであった。6人から10人未満の企業に着目すると、これらの企業においてはその22%に雇用の増加がみられる反面で、25%が雇用の削減があったことが観察された。この3%の違いは9000企業に相当するが、このレベルでは雇用の拡大よりも雇用の削減が生じたと捉えられている(Friedlich/ Hägele, a.a.O., S.12)。しかし、1996年7月から1997年6月までの全体の雇用は53万以上、1.5%減少し、この時期失業率は10.3%から11.4%に後退している。
雇用政策の転換の効果が全体としてはわずかなものであり、その効果の兆候すら認識可能なものとはいえないと指摘する。
同様の結論は他の研究でもみられ、バウアー/ベンダー/ボーニン(Bauer/ Bender/ Bonin,Dismissal Protection and Worker Flows in Small Establishments(IZA DP 1105), Bonn,2004)は、1996年の法改正の前後、1998年のシュレーダー政権下での法改正以後までの採用率を調査し、10人未満の事業場への解雇規制の不適用とした改革を行った1996年の法改正以降、規制緩和の理論によれば、解雇規制の緩和の結果、採用率は上昇しなければならないところ、これらの6人から10人未満の事業場における雇用率の増減も有意な変化がなく、ドイツの解雇法における発想の変更からは、解雇の数と採用の数に対して測定可能な影響はないと結論づけている(Bauer/Bender/ Bonin, a.a.O., S.23f., 31)。
3.2003年の解雇規制の緩和の検証
2003年の解雇規制の緩和の効果についても、実証的な研究が発表されている。IABのゲンジッケ/ファル/チェルジッヒ/ウルマン/ツァビッヒによれば、転職率・レーバー・ターンオーバー率(Labour- Turnover- Rate) は、解雇規制の緩和が行われた後の2007年上半期(事業所の大小を問わず)労働市場への入場が約6.1%、退場が5.0%であった。他の時期と比べ、労働市場における最も人の出入りがあったといえる。但し、景気が好調だった時期と重なる。5人未満の小規模の事業所では、転職率は、全事業所の平均が11.1%であるのに対し、15.8%と明らかに高いものであった。他の残りの規模の事業所では、ほとんど差異はない(Gensicke/ Pfarr/ Tschersich/Ullmann/Zeibig, AuR, 2008, S. 431(433))。つまり、6人から10人未満の従業員の事業所でも労働市場の入退出に他の規模の事業所と変化がない。5人未満の事業所では、2007年の上半期8.3%の採用率(全事業所の平均6.1%)であった。規制緩和の結果解雇規制を失った6人から10人未満の事業所では、7.0%となっているにすぎない。大きな事業所では、採用率は減少し、500人以上の事業所では4.0%にとどまっている。労働市場から出て行く退出率(Abgangsrate)も、5人未満の小規模事業所では7.5%、6人から10人未満の規模の事業所では、特筆すべき差異はない(Gensicke/P f a r r / T s c h e r s i c h / U l l mann/ Zeibig, a.a.O., S. 434)
(高橋賢司 立正大学准教授 ミュンヘン大学労使関係労働法研究所客員研究員)
一.はじめに
解雇規制は、新規採用を妨げ、失業率を高める効果があると指摘されてきた。解雇に関する法規制がインサイダーである正規労働者を守るが、企業が新規の採用を控えてしまう結果、労働市場の外にいるアウトサイダー(労働市場に入れない失業者)が労働市場に参入できなくなる、といわれる。こうしたことは、90年代後半日独ともに実証的な検証もないまま説かれた。これについて、ドイツでは、上の経済学上の理論に基づき、解雇規制が緩和された。解雇の補償金制度も日本では90年代以降議論され、規制改革会議において再び検討され、論議を引き起こしつつある。ドイツの解雇の場合の補償金制度については、長く複数の制度が存在している。ここでは、まず、ドイツにおける規制緩和の内容とその実証研究について検討し、解雇規制の緩和が採用ないし雇用にポジティブな影響を与えるものなのかを検証する。同時に、解雇の補償金制度について、制度と実務を紹介し、わが国の議論に何が必要なのかを考えることにしたい。
二. ドイツにおける規制緩和
1.ドイツにおける解雇規制の緩和
ドイツでは、二度にわたって解雇規制の緩和政策を実行に移した。1996年のコール政権下、さらには、2003年のシュレーダー政権下において、二度、解雇規制の緩和政策を実行に移している。コール政権の末期、1996年、従業員10人未満の事業場に対して解雇規制は及ばないとする法改正を行った(一度目の解雇規制の緩和)。政権交代後、社会民主党・緑の党政権、シュレーダー政権によって、1998年に解雇規制は、いったんは、1996年以前の規制に戻される。しかし、失業率が高いままでとどまっていたドイツでは、同じシュレーダー政権の下で、2003年に解雇規制の緩和を再び行う。コール政権の際の解雇規制の緩和と同じく、従業員10人未満の事業場に対して解雇規制は及ばないとする法改正を行なう(二度目の解雇規制の緩和)。
解雇規制は、新規採用を妨げ、失業率を高める効果があるのが事実だとすれば、1996年、2003年の二度にわたる解雇規制の緩和によって、その後、労働者の採用が増えていなければならない。これについて、実証的な検証が行われている。解雇規制の緩和が採用に影響を与えるか否かという問題に関する重要な資料である。
2.1996年の解雇規制の緩和の検証
1996年のコール政権における解雇規制の緩和が与える雇用への影響、とくに新規採用への影響が研究されている。解雇規制を緩和し、10人未満の事業場への解雇規制を及ばないとした1996年の法改正以降、6人から10人未満の従業員を抱える事業所では、理論的には採用は増えていなければならないところである。連邦経済省の委託研究の調査(Friedlich/Hägele, Ökonomische Konsequenzen von Schwellenwerten im Arbeits-und Sozialrecht sowie die Auswirkungen dieser Regelungen,Untersuchungen im Auftrag des Bundes ministerium für Wirtschaft, 1997, S. 10)では、雇用の増加のあった企業は約40%で、残りの60%は、むしろ、雇用は減少したか、あるいはそのままであった。6人から10人未満の企業に着目すると、これらの企業においてはその22%に雇用の増加がみられる反面で、25%が雇用の削減があったことが観察された。この3%の違いは9000企業に相当するが、このレベルでは雇用の拡大よりも雇用の削減が生じたと捉えられている(Friedlich/ Hägele, a.a.O., S.12)。しかし、1996年7月から1997年6月までの全体の雇用は53万以上、1.5%減少し、この時期失業率は10.3%から11.4%に後退している。
雇用政策の転換の効果が全体としてはわずかなものであり、その効果の兆候すら認識可能なものとはいえないと指摘する。
同様の結論は他の研究でもみられ、バウアー/ベンダー/ボーニン(Bauer/ Bender/ Bonin,Dismissal Protection and Worker Flows in Small Establishments(IZA DP 1105), Bonn,2004)は、1996年の法改正の前後、1998年のシュレーダー政権下での法改正以後までの採用率を調査し、10人未満の事業場への解雇規制の不適用とした改革を行った1996年の法改正以降、規制緩和の理論によれば、解雇規制の緩和の結果、採用率は上昇しなければならないところ、これらの6人から10人未満の事業場における雇用率の増減も有意な変化がなく、ドイツの解雇法における発想の変更からは、解雇の数と採用の数に対して測定可能な影響はないと結論づけている(Bauer/Bender/ Bonin, a.a.O., S.23f., 31)。
3.2003年の解雇規制の緩和の検証
2003年の解雇規制の緩和の効果についても、実証的な研究が発表されている。IABのゲンジッケ/ファル/チェルジッヒ/ウルマン/ツァビッヒによれば、転職率・レーバー・ターンオーバー率(Labour- Turnover- Rate) は、解雇規制の緩和が行われた後の2007年上半期(事業所の大小を問わず)労働市場への入場が約6.1%、退場が5.0%であった。他の時期と比べ、労働市場における最も人の出入りがあったといえる。但し、景気が好調だった時期と重なる。5人未満の小規模の事業所では、転職率は、全事業所の平均が11.1%であるのに対し、15.8%と明らかに高いものであった。他の残りの規模の事業所では、ほとんど差異はない(Gensicke/ Pfarr/ Tschersich/Ullmann/Zeibig, AuR, 2008, S. 431(433))。つまり、6人から10人未満の従業員の事業所でも労働市場の入退出に他の規模の事業所と変化がない。5人未満の事業所では、2007年の上半期8.3%の採用率(全事業所の平均6.1%)であった。規制緩和の結果解雇規制を失った6人から10人未満の事業所では、7.0%となっているにすぎない。大きな事業所では、採用率は減少し、500人以上の事業所では4.0%にとどまっている。労働市場から出て行く退出率(Abgangsrate)も、5人未満の小規模事業所では7.5%、6人から10人未満の規模の事業所では、特筆すべき差異はない(Gensicke/P f a r r / T s c h e r s i c h / U l l mann/ Zeibig, a.a.O., S. 434)