中国13億人の老後は誰が支えるのか-岐路に立つ中国の公的年金制度-
(ニッセイ基礎研究所 保険研究部門 研究員 片山ゆき)
4――年金財政改善に向けた動き
1|基金の統合はまず「省」単位から
このような状況の下、政府としてはどのような対策や検討がされているのであろうか。積年の課題は多いものの、直近では年金保険基金の収益改善に向けた外部組織との連携や、支給開始年齢の引上げといった制度改正も視野に入れたアプローチがされている。
制度の運営については各地域で行われているが、大きな枠組みとして、まず年金保険基金の全国統合がある。基金の全国統合については、2010年に公布された中国社会保険法(統合の期限は明記なし)に加えて、第12次5ヵ年計画(2011~2015年)においては期間中での統合を目指すとしている。つまり、基金の全国統合までの目安は2015年である。実際のところ、統合に向けては年金保険基金で資金に比較的余裕のある地域が当該資金を手放すことや若い生産年齢人口(出稼労働者)が多くを占める地域で保険料率の引上げ等に難色を示す等、遅々として進んでいない。
統合への第一歩として、広東省等、一部の地域ではこれまでの「市・県」単位で管理していた年金保険基金をその上の「省」で統合し、省内での積立金の移動を可能にするなどの取組みが実施されている。しかし、全国統合の目標である2015年まで残された時間は3 年と短く、統合が遅れるほど各地域に向けた赤字補填のための政府補助が増えることを考えると、早急な対応が必要である。
2|基金の収益改善に向けた取組み
年金保険基金の収益改善に向けた取組みとしては、基金の資金に余裕のある広東省が資金の一部を「全国社会保障基金」に委託運用し、地域単位毎の収益改善をはかるための実験が行われている点が挙げられる。「全国社会保障基金」とは、各地域に分散している年金保険基金とは異なり、中央政府が人口構造の変化による年金基金の財政収支が赤字になった場合の補填や巨大自然災害への備えを目的として積み立てている基金である。
その全国社会保障基金を管轄するのは同理事会であるが、2011年は運用資産のおよそ6割の5000億元を理事会が直接運用し、残りのおよそ3700億元を外部の委託先が運用している。資金は国内外で運用が可能で、国内では銀行預金に加えて債券、株式、証券ファンド等、年金保険基金の運用先(銀行預金、国債)と比較しても規制が大幅に緩和されている。2000年から2011年までの平均利回りは8.4%、同期のインフレ率2.43%を差し引いてもおよそ6%の利回りを確保している。
このような背景から、資金に余裕のある広東省は昨年、基金から1000億元を拠出し、全国社会保障基金理事会と2年間の投資委託契約を交わした。2012年末時点までの半年間の運用で、インフレ率を差し引いた運用利回りは3.4%、年間に換算すると6.72%とされ、これは2012年の広東省の年金保険基金の運用利回り3.94%を上回っている。しかし、現段階では、広東省に次ぐ新たな地域による投資委託はなく、いずれも慎重な態度を示している。目下、基金の全国での統合が進まず、多くの地域で小さな単位、少人数で直接運用をしている状態で、運用規制の緩和はリスクが高いといえよう。この2年間の実験結果によっては、全国社会保障基金との連携が選択肢の1つとして、例えば年金財政が健全な他地域で展開し、資産価値の維持に活用されるといったことも考えられる。
2階部分の個人勘定における「空(カラ)口座」問題については、各地域ではこれまで13年間をかけて、補填専用口座で3396億元を積み立ててきたが、2012年時点でもその積立額は不足額のわずか15%程度となっている。前述の全国社会保障基金理事会のトップから2020年までの補填完了を目指して、特別国債の発行や中央政府が管轄する大手国有企業の収益による補填といった、国による補填も提案されている。また、少子高齢化が進展する中で、積立方式への移行も一案として提案されている。
3|検討が進む支給開始年齢の引上げ
上述のように、年金原資の収益改善や国による補填に加えて、現在検討されているのが、支給開始年齢の引上げである。中国では原則として、支給開始年齢と定年退職年齢とが同じになっている。現在検討されているのは、定年退職年齢を2016年から2年に1歳のペースで引上げ、2045年までには男女とも65歳まで引き上げる計画である。しかし、支給開始年齢の引上げについては昨年、政府系の人民ネットでの調査で回答者の9割が「反対」としている。前述の本年3月の調査では「給付年齢の弾力化」として、「例えば、政府が定年退職年齢を58歳から65歳までと定めた上で、自身の状況に応じて退職手続きをとることができ、受給することができる場合」と条件を付けたところ、およそ8割が「支持する」と回答するに至った。しかし、実施に際しては加入者の公平性の確保や事前の周知をはかる必要もあり、加入者の抵抗も大きい。新卒者や若年層の就職難の問題もあり、雇用を取り巻く環境の整備も必要となってくる。
また、地域間の積立金移動もさることながら、加入している保険の種別変更(切替)についても新たな検討がなされている。例えば、現行では、都市の就労者を対象とした都市職工基本養老保険に加入していた出稼労働者が、帰郷して新型農村社会養老保険に切替える場合、引き続き納付を希望するとしても一旦脱退手続きを行う必要がある。中国の場合、都市の就労者を対象とした保険と農村や都市の非就労者を対象とした保険では保険料や財政方式が大きく異なること、年金は保険毎ではなく最終的に切り替えた制度に基づいて算出されることからも、切替にも一定の条件を設ける必要があるとされている。
新たに提案された方法としては、「都市職工基本養老保険」と「都市住民社会養老保険/新型農村社会養老保険」間の切替に重点が置かれている。保険料が低く、受給額も少ない「都市住民社会養老保険/新型農村社会養老保険」から平均受給額の多い「都市職工基本養老保険」に切り替えるのは受給資格期間である15年間以上の保険料納付を条件とした(図表6)。また、切替前の保険(「都市住民社会養老保険/新型農村社会養老保険」)の納付期間は切替後の保険において、受給資格としての納付期間は通算しないとする条件も設けた。
一方、「都市職工基本養老保険」から「都市住民社会養老保険/新型農村社会養老保険」に切り替える場合は納付期間が15年未満でも可能で、納付期間も通算するとした。しかし、切替において個人勘定部分の積立の移管は可能としているが、肝心の基本年金部分をどう扱うかは定めておらず、具体法の規定が待たれている。
5――おわりに
中国の公的年金制度は、地域毎の制度運営といった構造的な問題や、年金保険基金の積立金の運用規制、個人勘定分の流用に見られるように歴史的な負の遺産を抱えている上に、近年の平均寿命の延びや物価の上昇など急速な情勢の変化が加わり、制度の改正がそれに追いついていない状況にある。冒頭の報道にもあるように、年金については国民からこれまで以上に厳しい目が向けられており、制度を維持していく上でもこれ以上問題の先送りは許されない。
支給開始年齢の引上げ等の策もあるが、国勢調査によると、都市の60歳以上の人口のおよそ7割が年金(退職金を含む)を家計の主要な収入源としており、就労による収入にたよるのはわずか7%に過ぎないとされている。国民の多くが老後の生活の支えを年金に依存したまま、少子高齢化や年金財政の悪化は加速度的に進んでいる。国による財政面の補填もさることながら、制度の抜本的な改革に着手しなければ、将来、国が国民の老後の生活を支えることは難しくなるであろう。新たな政権で向かう10年間にその責務が重くのしかかっている。




