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(仮)アホを自覚し努力を続ける!

アウグスティヌスの格言「己の実力が不充分であることを知る事が己の実力を充実させる」

長期的課題としての「賃上げ政策」を考える
(太田聰一 慶應義塾大学経済学部教授)


安倍首相の賃上げ要請

 今年2月12日、安倍晋三首相は日本経団連、経済同友会、日本商工会議所の経済3団体トップとの会談で、デフレ脱却に向けて業績が改善した企業から賃金を引き上げるように要請した。この要請は、かなり社会にインパクトをもって受け止められたようである。筆者自身、その当時「首相の賃金引上げ要請をどのように判断すべきか」という質問を受けることが多かった。大きな反響の背後には、従来「業界寄り」と揶揄されることの多かった自民党のトップが、労働者の待遇改善を求めたことの意外性もあったようにも思われる。そして実際に、安倍首相の要請を受けてローソンをはじめとするコンビニエンスストア各社は賃上げに踏み切った。トヨタ自動車も春闘でボーナスについて満額回答したが、やはりここでも安倍首相の要請が一定の影響を与えたとされている。

 安倍首相の賃上げ要請の背後には明確な経済計算が働いている。アベノミクスの最大の目標のひとつは日本経済をデフレから脱却させることであり、それに呼応する形で日本銀行はインフレ目標を設定して未曾有の金融緩和政策を実行している。しかし、金融政策だけに頼るのではなく、他のルートを通じた総需要の拡大も目指すべきであり、そのためには賃金水準が上昇し家計所得が増えて消費が増大することが近道となる。しかも、日本の労働分配率は最近では低下傾向にあり、企業が得た利益が従業員に十分還元されていないのではないかという批判もある。そこで、業績の良い企業に賃金向上を促すことで、デフレ脱却のための一助にするというのが、賃上げ要請の基本的な狙いだった。

 賃金アップは、労働者にとって望むところである。デフレ脱却も日本経済にとって必要なことであろう。その意味で安倍首相の要請は、総じて適切なものであったというのが筆者の判断である。しかし、考えておかねばならない論点がいくつかあるように思える。
安倍政権の成長戦略と規制緩和・混合診療拡大をどう考えるか
(連合総研)


 少し前になるが、6月14日に「規制改革実施計画」が閣議決定された。この中では、「保険外併用療養制度」を本年秋をめどに、抗がん剤から適用すると、実施時期を明示した。混合診療については、賛否両論が渦巻いているが、私は、一がん患者の立場から、この問題について考えてみたい。

 がんの治療については、調べれば調べるほどに疑問がわいてくる。膀胱がんを患い、がんについて広範な調査を行った立花隆氏は、「がんの検査法は飛躍的に進歩したが、治療法はほとんど進歩しておらず、(自分は)がんが転移しても頑張らずに抗がん剤は使用しないだろう」と表明している。私も同様の気持ちが半分以上有る。抗がん剤の効果は、週単位で表される。この薬はあの薬に比べて何週間の延命を確保できた、という具合である。また、現段階では抗がん剤で、完全にがんを退治することは不可能であることも明らかである。QOL(quality of life 生活の質)を下げてまで治療することが、自分や家族にとって望ましいことなのかなど、患者自身が冷静に考えることも重要なのだと思う。

 費用の面も大きな問題である。今回の規制改革(実施)計画では、患者の負担を軽減するとともにがんを克服するための先進医療技術の普及のために、治験費用への国の援助や「保険外併用療養制度」の拡大適用が明記されている。抗がん剤の効果は、人によって全く異なっているため、抗がん剤開発が個別化していくことは必然なのであるが、一つの抗がん剤で治療できる患者数が少なくなることから高価にならざるを得ない。そこで、医療費の増大とあいまって、保険適用外という話になってくる。この影響は、どのように表れて来るのだろうか。患者からみれば、これまで海外では使われていても、日本では使えなかった先進治療薬が迅速に使えるようになる点で朗報ではある。一方、医薬品会社は薬剤承認に必要な期間の短縮等によって開発費用の低減が図られるとともに、保険適用外になれば自由な価格設定が出来るようになると考えられる。また、医療財政の面では、抗がん剤への負担の軽減が図られることが予測されるために給付が軽減されると考えられる。三方一両損ならぬ、三方一両得のように見えるが果たしてそうか。まず、現段階で抗がん剤は完治が困難であり治療期間が長いこと、先進治療薬は高価とならざるを得ないことを考えると、その治療費総額は時に千万円を超え、一般のサラリーマンでは治療困難な水準となる。人々はアメリカの保険会社の独壇場である「がん保険」に加入せざるを得なくなる。保険料も高くなることが予想され、すべての治療を利用できるのは裕福な一部の人に限られるであろう。しかも、三方一両得と見えるがゆえに、このような治療薬の種類は増加し、結果として、貧しい人向けの抗がん剤は、使い古した薬に限定されていくのではないか。

 確かに、今後の医療費増大は放置しておけない課題である。私は、次のように考える。まず、がんという病気について多くの人が学習し、医師と充分な話合いをすることによって、過度な治療を避けることである。「早期発見、早期治療、三大療法」と声高にがん対策を言うのではなく、標準治療とはどのようなものか、治療法はどのようにして選択されているのかなどについて、患者が求める情報を整理して開示する必要がある。私は、使っている抗がん剤が患者に適合していると確信して治療を行っている医師は少ないと思うし、通常、医師はこの抗がん剤に患者は耐えられるのかを注視していると考えている。とすれば、あるべきがん治療についての検討を深め、過剰治療をなくすことによって、すべての人に先進治療の機会が与えられるような方策を考えてほしいものである。病気になると、様々なことを考えてしまう。がんという病気の苦しさは、体の痛み、精神的な痛み、経済的な痛みであると言われる。長い闘病期間をある程度の質を維持した生活を送ることが出来れば、完治はしなくとも意味のある治療だと思えるが、反対に辛い副作用に悩まされながら、ただ生きているというのは辛いと思う。人それぞれに考え方は異なると思うが、医療内容の抜本的な検討なしに、医療制度を変更すれば、弱者にしわ寄せが行くのは当然の話だと思う。是非、そうならないようにしたいものである。
脱デフレへの正念場
(連合総研 専務理事 久保田泰雄)


 8月の政府月例経済報告は、「デフレ状況ではなくなりつつある」との表現が盛り込まれた。6月の消費者物価が1年2ヶ月ぶりにプラス0.4%と水面上に浮上したことが背景にある。甘利経済財政相は「富士登山でいうと7合目ぐらい」との見方を強調したが、勤労者・生活者の感覚とは大きくずれている。この物価上昇要因のほとんどが、円安の影響による輸入物価やエネルギー価格の上昇によるものだからだ。所得は増えないのに、物価だけ上がったのでは家計を苦しめるだけの最悪の結果となりかねない。認識は甘すぎる。

 とはいえ一部高級品や高額商品の売れ行きが好調になってきたとの報道も少なくない。先に発表された、4~6月期のGDP成長率速報2.6%は、民間設備投資への点火にはまだ至っていないものの、個人消費と輸出の伸びに支えられたものであった。いわゆる「アベノミクス」の期待先行型アナウンス効果や日銀の異次元金融緩和による円安・株高が、資産効果による消費拡大となって現れてきたと言われている。しかしそれだけで長く続くはずはない。幸い同時期に発表された上場企業の4~6月期連結決算は、業績回復の姿を鮮明にしつつある。円安効果で5割増の増益となった製造業に、6年ぶりに過去最高益を更新した非製造業など、おしなべて大企業の回復傾向ははっきりしてきた。

 いよいよ次は「民のかまど」の番だ。本格的なデフレ脱却路線へ移行できるか否か、消費税増税問題をからめてこの秋から来春に向け、これから正念場を迎えることとなる。鍵となるのは「雇用と賃金」-すなわち「劣化した雇用の建て直し」と「すべての働くものの賃金・労働条件の底上げ」がポイントだ。労働者の所得の増加が、消費の増加を通じて内需を拡大し、日本経済の活性化につながるという、極めてまっとうなマクロ経済の好循環-それは世界の先進諸国ではあたりまえの姿なのだが-今度こそそれを実現できるか否かが問われている。

 ところが、単組や産別での労使交渉の体験からすると、マクロ論とミクロ論がいつもすれ違ったまま前段の空中戦に終始してきたというのが実感だ。ただ一つ例外がある。「社会契約的春闘」と銘打った1976年春闘だ。第一次石油ショック(1973年)による狂乱物価と大幅賃上げのいたちごっこによるインフレスパイラルを何とか押さえ込もうと、さまざまな厳しい議論も乗り越え、一種の所得政策的な政・労・使の社会的合意-すなわちインフレ退治に向け「政府は、公共料金の抑制」「企業は、製品への価格転嫁を抑える」「組合は、抑制的な賃上げ路線を選択する」-を掲げ職場を巻き込んだ真剣な議論と労使交渉を行った記憶がある。ミクロの部分最適がマクロの全体最適を阻害するという、いわゆる「合成の誤謬」をいかに突破していくか。「インフレを押さえ込む」のとは、いまは真逆の「デフレからの脱却」に向けた新たな発想と理論構築が必要となっているのかもしれない。

 脱デフレのもう一つの課題は、90年代以降、ぬかるみ劣化してきた雇用の量・質両面にわたる改善をどのように図っていくかだ。この間、雇用労働者の所得が下がり続けてきた要因の一つに、低賃金で賃金カーブのフラットな、非正規雇用の急激な増大がある。7月に発表された就業構造基本調査では、非正規労働者がついに2000万人を突破し、雇用者に占める比率も38.2%に達している。不安定雇用の拡大に歯止めはかかっていないのだ。一方でギリギリの体制化で高負荷なパフォーマンスを求められ、長時間労働やメンタル課題を抱える正規労働者の姿も浮かび上がっている。

 いま必要なことは、各産業・企業の労使が足元の職場や関連企業すみずみまでの現実の実態と正面から向き合い、これまでの経過を総括し、課題を整理し、これから進むべき日本の雇用社会に責任をもつ一主体者として、徹底議論し具体的に行動に移す。そのことに尽きると思う。