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(仮)アホを自覚し努力を続ける!

アウグスティヌスの格言「己の実力が不充分であることを知る事が己の実力を充実させる」

正規・非正規社員が混在する職場と非正規社員のやる気
―組織内公正性の考え方を手がかりに-
島貫 智行 (一橋大学大学院商学研究科准教授)


1. 正 規社員と非正規社員が混在する職場の増加

 過去20年間を振り返って日本企業の人材活用の変化をあげるとすれば、その一つは非正規社員の活用拡大といってよいだろう。非正規社員の活用は企業にとって雇用量の柔軟性を高め人件費の削減を図るうえで有効な人材活用法であったことから、多くの企業が非正規社員の活用人数を増加してきた。その結果、現在では日本企業の多くが正規社員と非正規 社員を併用し、正規社員と非正規社員が混在する職場も広く見られるようになった。

 しかし、非正規社員の活用が拡大するに伴い、非正規社員を活用する上での問題点も指摘されるようになった。その一つが非正規社 員のやる気、すなわち仕事に対するモチベーションの問題である。非正規社員のモチベー ションの低下は仕事の効率性や企業への定着度に悪影響を与えることから、企業経営にとって非正規社員のモチベーション維持が重要な人事課題となってきたのであろう。では、正規社員と非正規社員が混在する職場を想定した場合に、そこで働く非正規社員のモチベーションをどのようにして維持すればよいのだろうか。本稿では、経営学の組織行動論とい う分野にある「組織内公正性」という考え方を手がかりにして、この問いを考えてみたい。

 なお、以下では、非正規社員とはパート社員や契約社員と呼ばれる期間の定めのある雇用契約を結んで雇用する社員を指し、正規社員とは期間の定めのない雇用契約を結んで雇用する社員を指すものとする。


2. 組織内公正性という考え方

 組織内公正性とは、組織の構成員がその組織から受け取る処遇やその処遇のありかたに対して感じる公正さのことである。構成員は所属する組織から自分が公正に扱われていると感じる場合にモチベーションが高まり、その組織に留まり貢献しようとする。逆に、自分が公正に扱われていると感じられないとモチベーションが低くなり、組織に貢献する気持ちもなくなり、その組織を離れてしまうという。 それゆえ、企業経営にとって組織内公正性を 確保することは、従業員のモチベーションを維持し企業への貢献を引き出すうえで重要な要 素とされている。

 組織内公正性のなかに「分配の公正性」という考え方がある。これは賃金などの報酬の分配結果に関する公正性を意味するが、この基礎にあるのが衡平理論という考え方である。衡平理論とは簡単に言えば以下のような考え方である。企業内で働く従業員は自分自身の企業に対するインプット(貢献)と、企業から受け取るアウトカム(報酬)の比率を同じ企業内の他者のそれと比較する。自分のインプットとアウトカムの比率が他者の比率と等しければ衡平と見なして不満を感じないが、等しくなければ不衡平と見なし、特に自分が損をしていると判断した場合には不満を感じてモチベーションを下げてしまう。本稿で取り上げる正規・非正規社員が混在する職場で働く非正規社員も同様に、非正規社員が自分のインプットとアウトカムの比率を企業内の他の従業員と比較して衡平と見なせば不満を感じないが、不衡平と見なせば(自分が損をしていると判断すれば)不満を感じてモチベーションを下げてしまうということになる。

 非正規社員のモチベーションが低い理由としてよく主張されるのが、非正規社員の賃金に対する不満である。その理由を組織内公正性の考え方に基づいて考えるならば、非正規社員が自分のインプット(仕事内容)とアウトカム(賃金)の比率を企業内の他者と比較して不衡平であるとみなしているということになる。


(1)非正規社員は誰を比較対象に選ぶのか

 ここで一つ重要になるのが、非正規社員は誰を比較対象に選ぶのか、つまり自分のインプットとアウトカムの比率を企業内の誰と比較するのかということである。過去の研究によると、企業内で働く従業員は自分と同じ属性や状況の従業員を比較対象に選ぶことが多いとされている。とすれば、非正規社員は同じ就業形態である非正規社員を比較対象に選ぶと考えられるので、非正規社員の賃金水準が正規社員よりも低くとも、非正規社員がただちに正規社員との賃金格差に不満を感じるわけではない。しかし、非正規社員が正規社員と同じ仕事に従事している場合、非正規社員は他の非正規社員だけでなく、自分と同じ仕事に従事している正規社員を比較対象に選ぶようになる。こうして、非正規社員は正規社員と同じ仕事に従事している(インプットが同じ)にもかかわらず正規社員よりも賃金が低い(アウトカムが少ない)ことに不満を感じてモチベーションを下げてしまうと考えられるのである。

 それゆえ、組織内公正性の考え方に基づけば、非正規社員は正規社員と異なる仕事に従事している限りは他の非正規社員を比較対象に選ぶので正規社員との賃金格差に不満を感じないかもしれないが、正規社員と同じ仕事に従事していると正規社員を比較対象に選んでその賃金格差に不満を感じてモチベーションを下げてしまうのである。非正規社員に正規社員と同じ仕事を任せている場合には、非正規社員が不衡平と感じないようにその賃金水準を正規社員と同等に引き上げることが必要になるだろう。


(2)非正規社員にとってのインプットとアウトカムは何か

 そして、もう一つ重要になるのが、非正規社員がインプットとアウトカムとして何をとりあげるのかということである。前述の例では仕事をインプット、賃金をアウトカムと想定したが、実のところ衡平理論ではインプットとアウトカムの内容をかなり幅広く捉えている。具体的には、インプットとしては仕事内容だけでなく、労働時間の長さ、配置転換や転勤の有無、能力や技能などを含めているし、またアウトカムとしても賃金や賞与、昇進機会、福利厚生といった処遇面だけでなく、能力開発機会や雇用の安定性などを含めている。とすれば、正規社員と同じ仕事に従事していても、非正規社員は必ずしも仕事と賃金の関係だけで衡平か否かを判断しているとは限らないことになる。正規社員と同じ仕事を任せているから非正規社員の賃金水準を正規社員と同じにすればよいということにはならないのである。

 例えば、非正規社員の中には、正規社員と同じ仕事に従事していても、正規社員のように配置転換や転勤を命じられないことを踏まえて、正規社員よりもインプットが少ないと考える人がいるだろう。その場合には、非正規社員の賃金水準を必ずしも正規社員と同等にする必要はなく、相応の賃金格差を設ければよいことになる。また、非正規社員の賃金水準を正規社員と同等にしても、正規社員よりも能力開発機会や昇進機会に恵まれないことを踏まえて、正規社員よりもアウトカムが少ないと考える人がいるかもしれない。その場合には、非正規社員の賃金水準を正規社員と同じに設定するだけでなく、正規社員と同等の能力開発機会や昇進機会を提供しなければその非正規社員はモチベーションを下げてしまうことになる。さらに、非正規社員の中には、雇用の安定性をアウトカムの中に含めて捉える人もいるはずである。その場合には、非正規社員から正規社員への転換制度のように正規社員と同等の雇用の安定性を得られる機会を提供する必要があるだろう。

 それゆえ、組織内公正性の考え方に基づけば、非正規社員がインプットとアウトカムとして何を捉えているのかを考慮に入れたうえで、非正規社員が自分のインプットとアウトカムの比率を企業内で選ぶ従業員と比較して不衡平と感じないような人材管理が必要となる。
いまこそジェンダー主流化の再考を
(連合総研主任研究員 麻生裕子)


 安倍政権は、2013年6月、第三の矢の新たな成長戦略としての「日本再興戦略」を発表した。そのなかでは、「女性が働きやすい環境を整え、社会に活力を取り戻す」とされている。人口減少時代、とくに生産年齢人口が減少するなかで成長の基本となる労働力のことを考えるなら、先進国のなかで低位にある女性の就業率を上昇させなければならないことは当然である。

 しかし、具体的に女性の活躍のための推進政策をみると、育児休業期間の3年までの延長、待機児童5年でゼロなど、女性労働者の立場からすれば、それで本当に仕事と生活の両立ができるのかといった不安がつきまとう(DIO2013年7・8月号視点「期待できない『女性の活躍』促進政策」を参照)。

 もっといえば、安倍政権の政策は「女性の活躍」を銘打っているが、右傾化とともに、伝統的な保守派の家族主義に戻りつつあるのではないかという懸念すら覚える。安倍首相も議論に参加した自民党の憲法改正草案のなかでは、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という家族の助け合い義務の条文が新設されている。「助け合い」という用語法には、男女役割分業を前提にした家族主義的な考え方がほのみえるが、くわえて保育や介護の社会的な費用を軽減しようという意図があることも見逃せない。

 男性稼ぎ主モデルのような固定的な男女役割分業にもとづく家族主義に逆行させないためには、最近あまり聞かなくなった「ジェンダー主流化(gendermainstreaming)」をいまこそ再考し、行動をおこす必要があるのではないだろうか。

 ジェンダー主流化とは、1995年に北京で開かれた第4回国連女性会議の宣言と行動綱領に盛り込まれた用語である。この用語は2つの重要な意味をもつ。

 ひとつは、それまでのジェンダー理論ないし政策は主として女性のための男女平等の推進にあったが、男女ともに新しい労働・生活のあり方を実現していくための理念と政策方針を明らかにしようというものである。もうひとつは、ジェンダー関連の政策は特定の政策部局に任されてきたとの反省から、あらゆる政策のなかにジェンダー視点を取り入れようという考え方である。

 ジェンダー主流化は、当初、おもに開発途上国における女性の地位改善のための政策原則として採り入れられたが、その後、ヨーロッパではむしろこの用語がジェンダー政策をより発展させるためのコンセプトとして積極的に活用されるようになった。一方、日本はこうした世界の流れから取り残された。その結果はOECDのデータからも明らかなように、男女間賃金格差や保育や介護などの社会サービスに関する公的社会支出をみても、日本はOECD諸国のなかで下位グループに属する。

 日本でジェンダー主流化を推進するために必要なのは、まずはジェンダー差別を助長する制度的障壁を取り除くことである。たとえば、第3号被保険者や遺族年金制度などは社会保障分野での実質的なジェンダー差別であるし、いわゆる103万円の壁は税制上の差別である。労働基準法で労働時間の絶対的な上限が規定されていないことは、男性の超長時間労働、女性のパート労働という二分化の根源になっている。こうしたものを放置しておいて、「女性の活躍」などといってもらいたくはない。

 連合は今秋から「第4次男女平等参画推進計画」を始動させる。まだまだ多くの障壁があるだろうが、日本において、あらゆる政策のなかにジェンダー視点を盛り込み、男女共通の新しい労働・生活スタイルを実現していくために、労働組合の果たすべき役割は今後ますます大きくなるだろう。
「法律遵守特区」のススメ
(連合総研副所長 龍井葉二)


 最近、雇用ルールをめぐる「昔話」に関する取材を受けることが多くなった。

 金銭解決を始めとする解雇ルールの見直し、労働時間法制の適用除外、労働者派遣法の見直し…。いずれも当時の政府が規制緩和の目玉として提起し、とくに前の二つは、審議会の場に持ち出されながら挫折を余儀なくされたものだ。そういう意味で、今ふたたび推し進めようとしている一連の雇用ルール見直しは、まさしく「再チャレンジ」ということになる。

 ところが、取材を受けながら感ずるのは、数年前の議論経過が必ずしも十分に理解されていないということだ。もっとも、産業競争力会議の議論を見ていると、議論している当人たちが理解していない、あるいは無視しているとしか思えず、記者たちを責めるのは酷かも知れない。

 例えば、解雇ルールの緩和策として「現行の労働契約法を民法原則に差し替えろ」という主張があるようだが、そもそも現行の労働契約法(旧労基法18条-2)は、解雇権(解雇できる規定)の濫用を制限する法理を条文化したものなので、解雇権の書きぶりは国会論議のなかで修正されたものの、民法原理を踏まえた内容になっている。そうした単純な経過さえ忘却、あるいは無視した議論は恥ずべきものとしかいいようがない。

 これはほんの一例にすぎないが、いわゆる経営側とされる人たちの発言が劣化しているように思えてならない。恐らく、経営者の「使用者」性が弱まり、「財務」の論理が前面に出てきた結果なのだろう。そうなると政労「使」によるとされる三者構成主義も危ぶまれてくる。「使用者」性からもっとも遠い人材ビジネスが前面に躍り出ているのも由々しき事態だ。

 かつて挫折した課題の「再チャレンジ」への抵抗が根強いと感じたからだろうか、もう一つの「昔話」が再登場している。「国家戦略特区」である。

 2002年頃は「構造改革特区」といわれていたもので、ほとんど似たような構想だが、今回は地方公共団体だけでなく民間事業者まで対象となっているのが大きな違いが。

 ファイルを検索していたら、2002年10月に、ある一般紙の「私の主張」という欄に投稿した拙文が見つかった。それには、この構想が「社会的実験」特区であることを指摘し、「思いつき的に『一国二制度』を作ることは、法の下の平等を定めた憲法に抵触する疑いがある」と結論づけている。

 なおこの拙文では、実験失敗の場合の責任の所在、実験の成否の判断基準、仮に成功した場合の他地域への適用可能性、国の制度の適用除外を地域のニーズで認めることの是非といった問題も指摘している。今回の議論では、もはや「実験」ですらなく、可能なところから強行突破を図ろうと言わんばかりの勢いだ。

 大阪市の橋下市長は、「法定時間よりも長く働きたいという労働者もいるはずだ」と仰っているようだが、こうした人権感覚、法律感覚なら、「最低賃金より低い賃金で働きたいという労働者もいるだろう」と言って憚はばらないのだろう。

 こうなると「国家戦略特区」どころではなくなる。「法律違反特区」そのものといわざるを得ない。治外法権の合法化、普遍化である。

 今の「ブラック企業」の拡がりは、規制緩和ではなく規制強化を要請している。違法状態の追認、それに合わせた法改正、それこそが労働者派遣法の不幸な生い立ちであった。その轍を踏むことは許されないだろう。

 橋下市長にお願いしたい。この地域にはブラック企業がない、法律が完全に遵守されているという「法律遵守特区」を作ることを。