成長を促す人事施策とやる気・不安
西村 孝史(首都大学東京社会科学研究科准教授)
2. 成長を促す人事施策と離職率・平均勤続年数
本稿で使用するのは、日本経済新聞社が実施した「2011年度働きやすい会社アンケート調査」の企業調査の回答データである。同調査は、2011年7~8月に全上場企業の中で①連結従業員数が2,000名以上、②日経株価指数300採用銘柄300社、③有力未上場企業、の要件のいずれかに該当する企業1,575社を対象として配布され、最終的に465社からの回答が得られた(有効回答率29.5%)。
回答企業の属性は、生活サービス(15.1%)、素材・エネルギー(13.8%)、情報・通信(12.0%)、機械(11.0%)等である。また、社員数は5,000人以上が31.0%、3,000 ~ 4,999人が21.9%、1,000 ~ 2,999人が37.0%、1,000人未満が9.5%である。以上のことから、業種は多様であるものの、社員数から調査の回答企業はいわゆる大企業であることがわかる。
今回注目をするのは、成長を促す施策群であり、大きくやる気を引き出す施策群と能力開発に関わる施策群に分けられる。人が活き活きと働くためには、自らの評価が納得感を持って働く人に受け入れられ、かつ公平に扱われなければならない。また、自らが自社の中で価値を高めるだけでなく、人間として成長をしていくためにも能力開発の機会が必要だからである。
表1からやる気を高める施策群を見ると、フィードバックの面談や評価基準の公開などはすでに多くの企業で導入されており、非管理職層への成果給や役割給も44.5%と半数弱まで導入されている。また、能力開発に関する施策群では、上位3施策の導入比率は高いが、計画的なローテーションの導入割合は約半数である。
次に、成長を促す人事施策群について、やる気を高める人事施策と能力開発に関する人事施策数について施策数別の組み合わせを見てみる(表2)。やる気を高める施策群で最も多いのが4施策の45.2%であり、次いで5施策の33.5%である。また、能力開発に関する施策で最も多いのは5施策全てを導入している企業(34.4%)であり、次いで3施策の26.9%である。調査対象の企業の多くでやる気を高める人事施策も、能力開発に関する人事施策もかなり充実していることがうかがえる。
では、これらの施策の充実度合いは、働く人にどのような影響を与えているのであろうか。施策の充実度合いに応じて企業を2分割し、大卒新入社員3年の離職率と平均勤続年数の平均値を比較した(図1)。大卒新入社員の3年の離職率は、施策数の多い群と少ない群とで5%水準で統計的に有意であったが、平均勤続年数は、平均値で見た場合、わずかな差が見られたものの、統計的には差が見られなかった。施策群の充実は、若手の従業員に成長機会を通じて安心を提供しているのかもしれない。また、勤続年数に差が見られないのは、やる気を高める施策群や能力開発に施策群以外にもさまざまな要因が勤続年数に影響を与えているからであり、これらの施策群の効果は限定的である可能性がある。
3.「 仏作って魂入れず」:施策を導入することが目的ではない
成長を促す人事施策としてやる気を高める人事施策群と能力開発に関する人事施策群について概観したが、単にこうした施策を導入すればよいというものではない。人事施策の本質は、戦略遂行のツールとしての側面だけでなく、働く人が職場で不安のない状態で働くことであり、かつ会社で働くことに自らの成長を見出せる環境を整えることである。近年、人事部の役割が議論される際に「組織開発」という単語が用いられるのは職場環境の整備の側面を重視しているからである。したがって、上記の結果を表面的に受け取り、人事施策を導入さえすれば、従業員の成長につながると考えるのは早計である。
もちろん、人事施策の充実は、古典的なモチベーション論の中でもハーズバーグが唱えたいわば衛生要因であり、人事施策が整っていないと働く人は不満足・不安を感じるだろう。しかし、人事施策を充実させたからといって、それがそのまま働く人々の満足・安心に結びつくわけではない。人事施策によって人々の不安が軽減し、安心を得るためには、人事施策を充実させるだけでなく、人事施策を現場がどのように活用するかにかかっているからである。
真に人事施策が機能するためには、労働組合を含めた従業員、人事部、現場の管理職の3者の相互作用が欠かせない。第1に、労働組合を含め従業員は、自らの成長できる機会やキャリアを見つめ直す機会が与えられ、処遇について公平で安心して働くことができる環境にあるかを確認することである。もし自分の会社が本稿で取りあげたやる気を促す人事施策や能力開発に関する人事施策についてほとんど導入がなされていないとしたら、それらの人事施策の導入を主張すべきであろう。また、働き方も多様化し、働くニーズや不満も多様化する中で、職場単位では少数であるゆえに捨象されがちな意見を職場横断ですくい上げることのできる労働組合の存在は、働く人の成長を確保するためにとくに重要となる。
第2に、人事部は、単に人事施策を導入し、それらを機械的に運用するでもなく、かといって経営側に立って戦略を駆動するためだけに人事施策を立案するわけでもなく、第三の道として組織開発に注力する方法がある。とくに近年では人材マネジメントの持つ「強さ」が企業の強さの根源であることが主張されつつある(Bowen & Ostroff, 2004)。人事部が直接職場に手を入れるのではなく、成長を促す人事施策や職場の関係性構築(=ソーシャル・キャピタル、社会関係資本)(西村, 2009)を促すことでこれまでとは異なる人事部の存在意義を見出すことができる。
第3に、管理職は、人事施策の運用の担い手であることを意識することである。人事施策は、運用が伴って初めて働く人に適用される。料理に例えるのなら、人事施策が素材であり、その素材に味付けをして調理をするのが現場の管理職である。したがって、管理職の味付け次第によっては従業員の自由度や成長に対する自らの可能性の捉え方も変わってくる。
「働きたい会社」「働きがいのある会社」「働きやすい会社」などに登場する企業は、従業員とその代表者である労働組合、人事部、現場の管理職といった様々なプレイヤーの相互作用によって初めて成立しているのである。


