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(仮)アホを自覚し努力を続ける!

アウグスティヌスの格言「己の実力が不充分であることを知る事が己の実力を充実させる」

夏から秋、冬にかけてのエネルギー
(連合総研所長 薦田隆成)


 ほぼ半世紀ぶりに、稼働原発のない夏が始まっている。ちょうど60年前の昭和29年に発足した鳩山一郎内閣(1954.12~56.12)の時に、原子力基 本法が制定され、特殊法人として原子力研究所が設立されたが、日本原子力発電(株)東海発電所で最初の原発の営業運転が始まったのは1966年7月である。現在わが国は、原発を作り(外国に)売ることはするが、自国内では稼働なし、という状況にある。気候の諸要因に左右されながら電力ピークの季節をどう乗り切っていけるか、この夏も、当事者たちの苦労は絶えることがない。

 鳩山内閣は1954年に、社会主義圏の盟主国ソ連との国交回復を実現した。いま行われている、半島にある非民主主義政権との駆引きは、歴史的成果につながるのだろうか。「期待への期待」
という国内経済政策と同様の手法が、かの国相手の外交で本当に通じるのか、旧ソ連体制下の東欧で3年生活した者としては、個人的に大いに関心がある。

 3年半続いた岸信介内閣(1957.2~60.7)では、日米安保条約の改正を実現したのだが、通算在任期間2年半を過ぎた現首相の下で、憲法改正手続法・国民投票法改正に次ぐような政治的な成果が、これからどのように実現するか注目される。

 最近まとめられた骨太方針や成長戦 略「第2弾」をみると、近年で一番長く続いている内閣だけあって、事柄として項目を網羅する度合という点では群を抜 いている。霞が関を叱咤激励して動員し、マスコミに盛んに働きかけた結果もあって、項目の数、ページ数、文言の量にかけては
まさに「聖域なし」である。

 概算要求基準の設定や各府省予算要求の項目立てには大層役立つ文書とはなっているのだが、実際の中身については、夏から秋、冬にかけてが正念場である(人口目標については50年先とされている)。英紙では、千本の鍼のうち数本は効き目があろうとか、ダーツゲームといった評がなされたらしい。

 林立する会議体の連携はうまくとれなかったようだ。議事録をみると、「ドリルが空回りした」「うまくいってない面が目立った」といった委員発言がある。「岩盤」とか「三位一体」という言葉だけは踊っていたようだが。また、2010年に成立した租特透明化法を、法人税率問題に関してどう役立てるかも問われるだろう。

 おりしも、景気循環をめぐって、直近の景気の谷は2012年11月、という暫定的な判定が内閣府から出された。GDP統計でみても、2012年10-12月期から本年1-3月期まで連続6四半期、プラス成長が続いた。野田内閣時代の成果といえる消費税の引上げがあって、直前の駆け込み需要と反動の結果として、この4-6月期はマイナス成長が確実であるが、そこからどう持ち直していくか。消費税引上げ後の消費動向については、内閣府から4月以降毎週発表され、閣議の場で毎月報告されているが、物価動向も要注意だし、生産も輸出も目が離せない。中国の不動産問題を含め、世界経済情勢にも不透明な要素がきわめて多い。

 巷では、3本目の第二の矢(2014年度補正予算)や、2本目の第一の矢(金融の追加緩和)も取り沙汰されている。「可視化」のもとで再現実験が行われる、例のネイチャー論文ではないが、衆人注視のもとで、株価至上主義に陥ることなく、わが国経済社会の中長期的な課題にも対応して、財政とも整合的な経済政策を展開していくため、政策担当者の知恵とエネルギーが問われるところである。
文明の黄昏
(連合総研・主任研究員 早川行雄)


 ミネルヴァの梟は黄昏に羽ばたく。ヘーゲル『法哲学』序文の一節だが、いかなる叡智といえども、事象の本質を認識し得るのは、その事象の終焉近くを俟たねばならないとの趣旨だ。マルクスはこれを批判的に継承し『経済学批判』の序言で、変革の時期を、その時代の意識から判断することはできず、現存する対立から説明しなければならないとして、生産力の発展が経済体制の桎梏に転化することを説いた。今日この対立は1%対99%の軋轢として極点に達しているかにもみえる。果たして私たちは、近代の頂点を極めた20世紀文明という事象の本質を、遂に知りうる地平に到達したのだろうか。

 近代社会の経済的基盤たる資本主義の起源については諸説あるが、産業革命を端緒とし、スミスの『国富論』をその理念的支柱とするのが順当なところだろう。スミスは市場経済(商業社会)に、絶対主義の頸木から解き放たれた市民的自由の淵源を見出し、それ故に重商主義の排他的特権およびそれと一体をなす株式会社制度を排撃した。しかし資本主義はスミスの楽観的予見どおりには発展せず、『企業の理論』でヴェブレンが明らかにしたように、金銭的利得動機に基づく営利企業の市場支配が、古典的自由競争時代に物的厚生水準の向上を目指した産業活動を凌駕する事態が出来した。

 これはポランニーが『大転換』において19世紀文明を、社会的生産と分配の秩序が、労働をも擬制商品に変える自己調整的市場という悪魔のひき臼に引き込まれる過程として描いたことと符合する。

 20世紀初頭は、自己調整的市場というフィクションが失業と貧困、最終的には大恐慌によって破綻を来たした時代であった。こうした時代状況へのひとつの解答がニュー・ディール政策である。ハーバード大、タフツ大の7人のエコノミストによって『アメリカ民主主義のための経済綱領』が起草され、政府の介入による社会的厚生の再構築が図られた。世に言うケインズ革命である。果たして資本主義は生まれ変わったのか。第二次大戦後の不況なき黄金時代にあって、1950年代には都留重人の論稿『資本主義は変わったか』を契機にガルブレイス、スウィージー、ドッブらによる国際論争も展開された。

 しかし永遠の繁栄をもたらすかにみえた20世紀福祉国家も、1970年代には国際的格差と貧困の拡大という南北問題や環境破壊など外部不経済の顕在化といった陥穽が覆い難く露呈し、ロビンソンは『経済学第二の危機』として警鐘を鳴らしたが、固定相場制の崩壊と原油価格の高騰を直接の要因としつつ、歴史の後景に退いていった。宇沢弘文は『近代経済学の再検討』において、市民的権利を充足する社会的共通資本の政府規制または公共投資を通じた共通資本の蓄積を、経済学の危機を乗り越える方途として提唱した。しかし実際に台頭してきたのは、暮らしを豊かにする物的厚生より貨幣換算された企業利益の極大化に狂奔し、『貨幣理論における反革命』を標榜するフリードマンらマネタリストの市場原理主義であった。マネタリストの反革命は、投機的にキャピタルゲインを追い求めるカジノ資本主義に帰着したが、その基礎をなした錬金術的金融工学が、サブプライム危機からリーマンショックを惹起して破綻した顛末は周知のとおりである。

 水野和夫は近著で資本主義の終焉を語っているが、ポランニーに倣えば、私たちは20世紀文明の終末に立ち会っているのかも知れない。暮れなずむ資本主義の黄昏を目の当たりにしたとき、ミネルヴァの梟は、その本質と現状を正確に認識できなければならない。20世紀文明の再生か超克か、進むべき方向を明らかにしながら、歴史の転轍機を切り替える、パラダイムシフトの秋が訪れている。
人材ビジネス成長戦略?
(連合総研副所長 龍井葉二)


 労働移動支援金という制度がこの3月から変わった。

 これまでは、中小企業が人材ビジネス会社に再就職支援を委託した際に、再就職の実績を条件にその費用の一定割合を助成するというものだったが、①対象を大企業にも広げ、②助成割合を増やすとともに、③再就職の実績がなくても人材ビジネスに支給されることになったのである。

 しかも、このための予算は、雇用調整助成金の大幅削減とセットで、大幅に増額され、「人の移動」ならぬ人材ビジネスへの「カネの移動」というべきものである。

 とくに、③の要件緩和は、委託を受けるだけで一定の助成がされるということであり、大企業で横行している「追い出し部屋の外注化」となる危険性をはらんでいる。

 それだけではない。

 労働分野の規制緩和を論議している産業競争力会議の場では、「労働移動支援助成金とセットでの解雇」ルール見直し(長谷川・武田薬品工業社長)という提案もなされている。

 つまり、予算を確保しただけでこの制度が広がる保証はない。「希望しない人」もこの制度に乗せていく仕組みが必要となる。そのための解雇ルール見直し…。この種の問題は「意図」を詮索しても意味がない。意図せずとも「結果」は生じるからである。

 人材ビジネスにとっての本命は、いうまでもなく労働者派遣法の改悪である。

 周知のように、今回の法改正審議の場には、人材ビジネス代表がオブザーバーとして加わった。労働者を使用しない経営者を加えた「四者構成」の審議。前代未聞のことだ。

 近年の労働者派遣法見直しの論議で、忘れられている、あるいは意図的に忘れさせられていると思われることがある。それは、日本の法律(職安法)では、「業としての労務供給は(労供事業を除き)禁止されている」ということである。

 これは、戦前に組請負や人夫貸が広がり、中間搾取、人身拘束、労働法逃れ、労使関係逃れなどの「無権利」状態が広がったため、戦後の労働法制において、人材派遣そのものを禁じたのである。

 しかし、その後も違法派遣はどんどん広がっていき、行政監察でも、その違法状態を認めざるを得なくなった。ところが、当時の職安審議会と労働省は、取り締まりは事実上、不可能と判断し、この違法状態を追認した上で、一定の規制をしていくという道を選択してしまった。こうして生まれたのが、職安法の例外措置として制定された労働者派遣法である。

 それでも、あくまで例外なので、高度専門業務、常用代替防止などの「原則」が盛り込まれていた。その後、対象業務が広がり、1998年には、対象業務について原則自由化に転じてしまうのだが、その際にも「臨時的・一時的」という「原則」が規定されていた。

 さらに、製造業務への拡大、その後の「派遣切り」などの事態を受けて一定の保護措置も盛り込まれてきたわけだが、今回の改悪は、これまでの流れとはまったく「異次元」のものだと断定せざるを得ない。審議会報告の前文に盛り込まれていた「臨時的・一時的」の文言が改正法案から消えてしまっただけではない。禁止→追認→例外→原則という議論の土俵が全面的に覆えされ、戦後の出発点であった直接雇用原則そのものがかなぐり捨てられようとしている。

 派遣先企業にしてみれば、雇用責任なしの使用、団交応諾義務の回避、労働者への通告なしの派遣契約解除などが「例外」ではなくなることを意味し、労働法逃れ、労使関係逃れの「戦前回帰」にすらなりかねない。

 正社員無用ともいうべき今回の改悪について、自民党や維新の会の一部の議員からも懸念の声が上がっているという。人材ビジネス成長戦略に抗して「すべての労働者」の視点に立った運動が展開できるかどうか。その真価が試される状況がくる、いや、きている。