(仮)アホを自覚し努力を続ける! -17ページ目

(仮)アホを自覚し努力を続ける!

アウグスティヌスの格言「己の実力が不充分であることを知る事が己の実力を充実させる」

税制から考える貧困と地方創生
岩本 沙弓(大阪経済大学客員教授)


(1) 身近に迫る格差社会の実情


 厚生労働省が2014年7月にまとめた「国民生活基礎調査」で2012年の「貧困線」(国民を所得順にならべた中位数の半分の額)122万円が公表となった。この「貧困線」に満たない世帯の割合である「相対的貧困率」は16.1%。その世帯で暮らす18歳未満の子どもを対象にした「子どもの貧困率」は16.3%。これで我が国の「相対的貧困率」、「子どもの貧困率」はともに過去最悪の更新となった。特に子どもの貧困率については、1985年が10.9%と10人に1人だったものが年々増加し、今や約6人に1人が相対的な貧困に陥ったことになる。


 各国比で見ても日本の貧困率は看過できない状況で、OECDが公表した加盟国の相対的貧困率ではOECD加盟国30か国中、メキシコ、トルコ、米国に次いで悪いのが日本である。1%対99%と格差社会の象徴である米国の状況は遠い国の話ではなく、身近に起きている深刻な問題だ。


 特にOECDでも指摘されているのが、日本の現役世帯のうち大人1人で子どもがいる世帯(いわゆるひとり親家庭)の相対的貧困率が加盟国中最も高くなっている点である。2000年代中盤、各国のひとり親家庭の相対的貧困率が最も低いのがデンマークであり、最も貧困率が高いのが日本であった。平成16年の日本のひとり親家庭の相対的貧困率58.7%はOECD平均の約3倍と突出して悪く、しかも現在に至るまで改善の余地が全く見られていないことになる。


 日本の貧困率が過去最悪を更新した背景には、サラリーマンの平均給与が概して低下傾向にあったこの15年ほど実質所得が低下し、格差が広がる中で特に子育て世帯、中でもひとり親家庭の所得が減少したことが考えられる。平成23年度の調査で母子世帯と父子世帯の平均年間収入を比べると、母子世帯(123.8万世帯)は223万円、父子世帯(22.3万世帯)380万円。うち、母・父の実際の就労による収入は、母が181万円、父が360万円。就業状況は母の場合の正規労働は39.4%、父は67.2%、パート労働は母47.4%、父8.0%とひとり親家庭の働く母親の多くが給与水準の低い非正規雇用であることが男女差をもたらしている。働くことが貧困から抜け出す手段であるはずにもかかわらず、そうはなり得ない日本の異質性がうかがえ、妻(女性)はメインである夫(男性)の稼ぎを補てんする役割に過ぎないという暗黙の構造で成り立つ日本の労働市場の煽りをシングルマザーが被っている状況とも言えよう。


 さらに、日本の場合、大人二人以上で働いている世帯の貧困率は総じて低位にあるのだが、ひとり親家庭だけがOECD平均を遥かに上回り抜きんでていることが、それ以外の家庭に帰属する日本人にこうした世帯による格差を認識させづらい状況を生み出しているのではなかろうか。




健全な実証主義精神
(連合総研主任研究員 河越正明)


 今話題のトマ・ピケティ『21世紀の資本』を取り上げたい。

 本書を(やや見栄を張って申告すれば英語版で)読み痛感したのは、著者の実証主義精神である。ピケティは、「厳密に定義された出所や手法、概念なくしては、どんな話も読み取れるし、その正反対の話だって出てきて」しまい、意見が違ってお互い聞く耳を持たない者同士で、「お互いが相手の怠慢を指摘することで自分の知的怠慢を正当化している」(邦訳p.3)と厳しく指摘している。データの根拠なき意見の対立は、実は馴れ合いにすぎないというわけだ。健全な議論は、健全な実証主義精神に宿るといえる。

 ピケティは数量的な実証分析を行うことの重要性について、本文最後のパラグラフでこう述べている。

 私は、あらゆる社会科学者、あらゆるジャーナリストや評論家、労働組合や各種傾向の政治に参加する活動家たち、そして特にあらゆる市民たちは、お金やその計測、それを取り巻く事実とその歴史に、真剣な興味を抱くべきだと思うのだ。お金を大量に持つ人々は、必ず自分の利益をしっかり守ろうとする。数字との取り組みを拒絶したところで、それが最も恵まれない人の利益にかなうことなど、まずあり得ないのだ。(邦訳、p.608。傍点は筆者による)

 なるべく数字に基づく具体的な話をすることが重要でも、古い昔のことになると、データの制約が・・・と言い訳が先に立って手を動かすのがおっくうになる。データベースを作るのは、コンピュータとインターネットが活用できる現在でも、労働集約的な作業だ。ましてや19世紀後半からデータとなればなおさらだ。モノをいうからにはデータを揃えてからという実証主義精神と、そしてこんな途方もないプロジェクトを始めた勇気に圧倒される。

 データに基づく議論は迫力を生む。かつて石橋湛山は「吾輩は切にわが国民に勧告する。卿らは宜しくまず哲学を持てよ、自己の立場に対する徹底的智見を立てよ、而してこの徹底的智見を以て一切の問題に対するの覚悟をせよ」と述べた(『石橋湛山評論集』岩波文庫p.28)。ここで、「わが国民」を「政策を議論する者」に、「哲学」を「データ」にそれぞれ変えれば、本稿の主張となる。

 かく言う石橋湛山自身から迫力ある議論の例を引こう。湛山は、大正9年の通関統計に基づく「徹底的智見」を以て、「経済的利益のためには、我が大日本主義は失敗」(同p.115)であり、「朝鮮・台湾・樺太・満州の如き、わずかばかりの土地」(同p.121)を棄てることが賢明であり、「どうせ棄てねばならず運命にあるものならば、早くこれを棄てるが賢明である」(同p.114)と大正11年(1922年)に断言し、小日本主義を唱えた。

 さあ、議論しよう。ピケティの議論も完全ではないように見える。なぜ資本収益率が成長率より高い、すなわちr>gだと格差が拡大するのか。r>gは資本蓄積のメカニズムではあるが、資本の集中のメカニズムではないのではないか。さらに、本当に資本収益率は高いのか。では、なぜ資本収益率はゼロで資本主義が終焉するという意見が生まれてくるのか。さらには、マイナスの自然利子率が日本のデフレの原因であり、インフレにより実質金利をマイナスにする必要があるという議論とは、どう噛み合うのか。

 こういう意見の違いがどこから生まれてくるのかについて、誠実に向き合うのが実証主義の精神だ。そうした知的誠実さなくして建設的な議論は生まれない。
『正念場、critical moment』を迎える
(連合総研所長 中城吉郎)


 「今まさに、正念場、critical momentにあると言えます。」(2014年10月31日 黒田日銀総裁記者会見)

 昨年10月の日銀の追加緩和は、金融市場に大きな驚きを与えた。直後に7年ぶりの株高、円安をもたらしたこともあり、市場関係者にはおおむね好意的に受け止められているようだ。黒田日銀総裁は、「2%の物価安定の目標の早期実現を確かなものにするため」今回の追加緩和を決定したとしている。9月の消費者物価指数が消費税の影響を除いて前年比1%にまで伸びが縮小したことから、デフレマインドの転換が遅れるリスクが出てくることをその理由としている。

 市場にサプライズを与える手法の短期的な効果にだけ目を向けるのではなく、中期的に今後の国民経済に与える影響を検討しておくことが必要だろう。今回の政策決定では、いくつかの懸念を指摘することができる。

 まず第1は今回の政策変更が日銀の総意といえない薄氷を踏むような意思決定であった点である。今回の決定は9人の委員のうち賛成5反対4であった。賛成には総裁と2名の副総裁が含まれるから、執行部を除くと2対4だったことになる。これは政策委員会総体として政策変更のコンセンサスが形成されていなかったことを示すものであり、「市場との対話」が必要とされる日銀の今後の意思決定に影響を及ぼすことは避けられないだろう。

 第2は、2013年4月の黒田総裁の「異次元緩和」による2%の物価目標の達成シナリオがわずか1年半で修正を迫られたことである。もちろん、原油安のように予想できない外的要因もあるが、多くは想定された範囲での事象である。「期待」に働きかけることによる第1弾の緩和が不十分だったとしたならば、今回の追加緩和が2%の達成に必要十分であると断定することは難しいだろう。事実、黒田総裁は物価目標達成のため「できることは何でもする。」(昨年11月5日講演)と発言している。2%の物価目標の達成にはかなり時間がかかるとする専門家の意見もある。そうなれば、市場はさらなる追加緩和を求める動きを強めてくるだろう。その度に日銀は厳しい判断を迫られることになる。

 第3の懸念は、異次元緩和の副作用である。特に、分配上の歪みをもたらす点と将来のリスク拡大がポイントとなろう。内閣府の昨年の『経済財政白書』に興味ある分析がある(第1章第1-2-3図(3)参照)。長期金利の動きをフィッシャー方程式の要因分解で説明したものであるが、金利低下は予想物価上昇率の上昇以上にマイナスのリスクプレミアムが拡大していることによりもたらされていることが示されている。そしてこのマイナスのリスクプレミアムは日銀の大規模な長期国債の買い入れがその要因であると分析している。日銀のリスクテイクにより金利が引き下げられているわけだが、これにより最も利益を得ているのはグローバルな投資家だろう。一方資産価格上昇による景気下支え効果は、2013年度後半に息切れしたように持続性には疑問符がつく。また期待成長率の低い現状では低金利による設備投資の促進効果は乏しいと考えられる。為替面でも、円安の影響は輸出産業へはプラス効果がある一方、中小企業を中心に輸入産業へのマイナス効果が大きい。110円を超える円安局面となり、マイナスの実質所得効果の拡大の悪影響も懸念されている。このように異次元緩和が経済全体の好循環につなげられないと、輸出大企業と中小の輸入企業、大都市と地方、金融資産を有する層と有しない層などの間の分配上の歪みが顕在化してくることとなる。

 また、日銀の長期国債買い入れ額の拡大は、間接的な「財政ファイナンス」の色彩が強い。長期金融市場の市場メカニズムが十分働かない現在のような状況を永遠に続けることはできない。いずれかの時点で均衡金利水準へと戻り始めるだろう。その場合日銀の一方的なリスクテイクは、予想外の市場の変動にさらされる危険がある。金利の急騰が起これば、多額の国債を抱える日銀だけでなく、広く国民全体がその影響を被ることになるだろう。

 金融政策は将来への影響が大きく、柔軟さとプルーデンスが必要である。金融政策の評価は時間とともに大きく変わるのがこれまでの歴史である。『正念場、critical moment』はこれから訪れると考えておいて間違いないだろう。