日本経済の現段階に対応した雇用確保のヴィジョンを考える | (仮)アホを自覚し努力を続ける!

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日本経済の現段階に対応した雇用確保のヴィジョンを考える
(武蔵大学経済学部教授 黒坂佳央)


 2009年平均の完全失業者は336万人と前年に比べ71万人増加(増加幅は過去最大)、同じく就業者は6282万人と前年に比べ103万人減少(減少幅は過去最大)、その結果2009年平均の完全失業率は5.1%と6年ぶりに5%を超え、同じく有効求人倍率は0.47倍で前年比0.41ポイント低下し、1963年の調査開始以来過去最低となった。

 これほど深刻な雇用状況に日本経済が直面するに至った経緯を、最初に要約してみよう。2008年9月15日にリーマン・ブラザーズが破綻して以来、株価は急激に下落し、2008年10月27日には日経平均株価の終値は7162円90銭と、2003年4月に付けたバブル経済崩壊後の最安値7607円を更新し、1982年10月7日以来26年ぶりの安値となった。他方、円ドルレートは10月27日に一時1ドル=87円13銭まで上昇した(10月27日の終値は1ドル=92円95銭、2009年1月23日に終値で88円32銭まで上昇)。第14循環の景気の山を2007(平成19)年10月に暫定的に設定した内閣府の「景気循環基準日付」に従うと、日本経済は2007年第4四半期から景気下降局面に突入していた。既に景気後退期に入っていた、そしてバブル経済の崩壊後外需依存型の景気回復傾向を強めていた、日本経済に拍車をかける形で、いわゆるリーマン・ショックは不況を深刻化させたのである。

 次いで、経済発展段階の観点からみて現在の日本経済はどのような位置にあるかを確認しておこう。2008年末時点における日本の「対外純資産」残高225兆5080億円は世界最高の残高額で、依然として日本は18年連続で世界最大の債権国である。一国が債権国の段階に到達している一方で、他国は債務国の立場に留まっているこのような状況を理論的に説明するのが、「国際収支の発展段階説」と呼ばれる考え方である(詳しくは黒坂佳央・藤田康範編著『現代の金融市場』(慶應義塾出版会、2009年)を参照されたい)。1984年の「経済白書」と「通商白書」はいずれも、日本経済は1970年代に「未成熟な債権国」の段階に達したことを指摘した。「未成熟な債権国」とは、「経常収支は黒字を保ち、貿易収支、所得収支ともに黒字を持続して過去のすべての債務を返済し終え、さらには海外への貸付が海外の借入れをネットで上回る未成熟段階の債権国の状態」と定義される。現段階の日本経済も依然としてこのような「未成熟な債権国」の段階にあるが、2005年から所得収支の黒字が同年の貿易収支の黒字額を上回る新たな状況となっている。いいかえると、日本経済の現段階では、財を輸出することよりも過去の対外投資からもたされる所得によって稼ぐ対外的な黒字の方が大きくなっているのである。2009年の数字でみると、貿易収支黒字は4兆611億円、所得収支黒字は12兆3229億円で、所得収支黒字は貿易収支黒字を8兆2618億円上回り、経常収支黒字13兆2782億円に対する超過黒字8兆2618億円の比率は約62.2%である。

 「消費は、わかり切ったことを繰り返すなら、あらゆる経済活動の唯一の目的であり、目標である」というケインズの言葉を持ち出すまでもなく、経済活動の最終目的は豊かな消費を享受することにあり、そのような消費の実現のために所得の確保が必要なのであって、生産し所得を稼得するために消費を行うのでは断じてない。開放経済における所得の確保は、経済発展の段階に応じて形態が異なってくる。成熟した経済発展段階では、生産された財・サービスを輸出して所得を稼得するよりも、海外投資を効率的に行うことで海外から安定的に所得を稼得することが重要となってくる。

 貯蓄を海外投資へ向ける割合を高め、海外から安定的な所得を確保する度合を増加させた日本経済における雇用確保のヴィジョンを描いてみよう。先ず、新規の貯蓄を国内投資と海外投資へ割り振る意思決定を行う金融セクターに高度なスキルを持つ人材が必要となる。また、所有権を取得した海外企業でのオペレーションを円滑に進めるための人材育成も急務となる。豊かな消費は、安価で輸入できる財、そして輸入によっては代替できない非貿易財である高級な財・サービスの国内生産によって達成される。そして、経済の活力維持の源泉であるモノづくりは、最先端技術の開発部門への絶えざる新規投資によって支えられる。雇用は金融セクター、海外からの財の輸入部門、輸入によっては代替不可能な非貿易財部門、先端技術開発部門、人材育成部門などで確保される。

 以上が、「安定した所得が期待できる海外資産への投資」比率を高める日本経済における雇用確保のヴィジョンである。小手先だけで持続可能性に乏しい雇用対策ではなく、経済発展の現段階を踏まえた雇用確保のための長期戦略が、求められているのではないだろうか?