子③(3歳女児)が描いてくれた父親の顔の絵。「ありがたうわたくしのけなげなむすめよ。」(令和2年5月8日作)

 

 

 

コロナ自粛に関連して「自粛警察」とか「自粛ポリス」のことが話題になっている。

 

結局これはケース・バイ・ケースであり、つまるところ、程度ややり方の問題なのだと思うが、少なくとも、ルールを守って自粛をしている多くの真面目な国民が抱く素朴な正義感、不公平感などは、社会を適正に維持していく上で間違いなく大切なものである。

 

 

話は変るが、ウチの近所のゴミステーションが最近荒れ気味である。

 

当該ゴミステーションについては、これを利用する近隣の10軒ほどが週替わりで当番を務め、ステーションの設置(早朝に折り畳み式のゴミコーナーを広げてカラス防止用の網を掛けておく)及びその撤去、周辺の掃除などを行っている。

 

ところが最近、分別していないゴミの投棄や、収集日非該当のゴミの持ち込みが目立つようになってきた。

 

ご承知のとおり、それらルール違反のゴミは然るべきシールを貼付されて収集されずに残置される。

 

残置されたゴミの出し主が交替で当番をしている人であれば、ゴミステーションの維持管理の苦労も分かるし、残置ゴミの処理に困った経験もあるから、「あ、しまった。うっかりしてた。」という感じですぐに持ち帰る。

 

ところが、ゴミ当番を分担していない通りすがりの者は、総じて出し方が杜撰だし、自分が置いていったゴミが収集されないで残置されていても知らんぷりだから困ったものだ。

 

 

実は、ついこの間まで、我々のゴミステーションのすぐ前には、「ゴミ出しポリス」のおっさんが居て、不心得者を見つけては近所中に響き渡るほどの大きな巻舌のだみ声で注意してくれていた。

 

私は引っ越してきた直後からこのおっさんと親しく話をしていたので、このおっさんの素性を多少詳しく知っているのだが、まあ平たく言えば昔は結構あれだったようだ。

 

そのお蔭で、ルール違反のゴミだしを画策する不心得者も、このおっさんにだみ声で注意されることを恐れて萎縮してくれ、それが抑止効果となって我々のゴミステーションは適正に維持運営されていたのである。

 

ところが今年に入ってすぐのころだったと思うが、このゴミ出しポリスのおっさんが病気で急に亡くなってしまった。

 

と言っても、そのことを知っているのはご近所のごく少数だけだと思うが(お葬式などもなかった)、ゴミ出しポリスのおっさんを見掛けなくなったという客観的事実は残った。。

 

そのためであろうか、おっさんに注意されるのを恐れて渋々ルールを遵守していた不心得者どもの箍が外れ、彼ら・彼女らが少しずつ跳梁跋扈し始めたものと思われるのである。

 

彼ら・彼女らに公共のルールをいかにして守らせるか、悩みは大きい。

 

いわゆる「自粛ポリス」の件も、事の大小はさて置き、人様に迷惑を掛けないよう真面目に正直に暮らしている多くの市民が馬鹿を見ないようにするためにはどうすればよいか、という問題である点では共通する。

 

※ゴミ当番についてはこちらも

 

※公共の場についてはこちらこちらこちらこちらも