後悔しない人生を歩むために「生き方」と「働き方」を考る! | 鞍手ゆたか福祉会スタッフブログ

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鞍手ゆたか福祉会は、福岡県鞍手町を拠点に、直方市、宮若市、行橋市、北九州市、福岡市、宇美町、長崎県大村市、
東京都新宿区で障碍者や高齢者の支援を行っている社会福祉法人です。


みなさん。こんにちは!田中聖士です。


今回は、障がい者支援の旨趣とは違った内容のブログを書かせていただきます。


タイトルを見て分かる通り、「生き方」と「働き方」についてです。


みなさん!今現在の「生き方」や「働き方」にどの程度満足していますか?


「生き方・働き方」に対する満足度は、考え方や捉え方などみなさんの【ものさし】によって人それぞれで答えがあるかと思います。


今の人生に、100%、120%満足していると、大きく胸を張って言える人はいますか?


NOと言える人が大半かと思います。では一体どうして、今の人生に満足することができないのか。


それは、マズローの5段階欲求である【尊厳欲求】と【自己実現欲求】が、十分に満たされていないからです。


マズローの5段階欲求といえば、


第一階層の「生理的欲求」は、生きていくための基本的・本能的な欲求になります。私たちが普段生活していくなかで、「食べたい、寝たい」などの欲求に値します。


次に第二階層の「安全欲求」は、安全・安心な暮らしがしたいという欲求になります。ストレスの少ない落ち着いた場所に身を置くということで、雨風をしのぐ家・健康な体などの欲求ということです。


第三段階層の「社会的欲求」は、集団に属したり、仲間からの愛情が欲しくなったりする欲求になります。この欲求が満たされない時、人は孤独感や社会的不安を感じやすくなります。ここまでの欲求は、普通に会社で仕事をして、普通に生活や遊びをしてれば、大抵の方は満たされているかと思います。


しかし、問題はここからです。


第四段階層の【尊厳欲求】は、他者から認められたい、尊敬されたいという欲求になります。誰かに構ってもらうだけでなく、自立した個人として尊重されたくなるわけです。今の職場でどれだけの人が尊敬されているか、尊敬されたいと思っているか。この部分を少し意識するだけでも、今後関わっていく「人・環境」というものが徐々に変わってきます。今よりもっと自立した個人として尊重されたいと思うのであれば、まずは自分自身の意識から変えていくべきです。


ビジネスの世界でもそうなんですが、自分の利益ばかりを考えていると、結果はついてきません。誰が何に困っていて、何を求めているのか、まずは相手が悩んでいたり、困っている部分を考えることが大切になります。そのあとに、求めているものを与え取り除いていくことで相手も満たされるわけです。ニーズが満たされれば、感謝をカタチになるものとしていただけるわけです。人の痛みが分かる人間は、人のために行動することができますから、周りの方から信頼されますし、尊敬だってされていきます。


最後に第五段階層の【自己実現欲求】は、自分の能力を引き出し創造的活動がしたいなどの欲求が生まれます。創造的活動をしたい、目標を達成したい、自己成長したいなどと、自分自身の持っている能力・可能性を最大限に引き出したいという欲求になります。


私は今、この5段階層の部分に位置しています。


5段階層に位置することができたのも、自ら考え行動してきた過程に切っ掛けがあります。


自分が必要だと思ったことには、多くの投資を行い、多くの人との交流を求めて足を運び、多くの世界・価値観というものを共有し、学ぶことが出来たからです。


これらの経験を通して、私の知らなかった世界をこの目で実際に確かめることができ、「生き方」、「働き方」について深く考えさせられることとなった。


人間は、カタチあるものに対しては、比較的安心することができますが、カタチのないものに対しては、不安や恐怖などを強く感じる傾向にあります。


しかし、いつまでもカタチあるものばかりを求めて現状に満足していては、退化していくだけです。人の成長において、向上することはあっても一定であることはけしてありえません。


人間の細胞は日々分裂を繰り返していますが、一生の間で細胞が分裂する回数というのは、約60回ほどだといいます。


分裂が停止するということは、人間の体において退化しているわけです。人が生きていける時間には限りがあり、今存在している世界を私たちはいつまでも見ることができません。


もし時間(年齢)に限りがなく生きていけるのであれば、人は間違いなく働くことをやめることでしょう。


私たちは一体何のために働いているのでしょうか。


洋服を買うため?車を買うため?家を買うため?旅行するため?…。


自らの欲求を満たすことはもちろんのこと、本能的な部分として「生きるため」なのではないでしょうか。


そして、「生きるためには働くこと」


個人が輝ける時代に生きている者として、依存していてはいろんな場面で制限がかかってしまいます。


その制限を外し、これから歩む道には一体どのような世界が広がっているのか、一人胸を高鳴らせている状態です。


これからの指針を明確に決めているなかで、次なるフェーズへと着々と歩んで行きます。