おにぎり顔の役人がスタコラ去る姿を、茫然と見送った後、

   殿様はぎゅうっとこぶしを握りました。

   女性に会いに行くというのは殿様にとって、なんとも避けて通りたいところです。

   しかしここは!!と思いきって引き戸の横にかけてある板を小さなハンマーで叩いて

   みました。

   今にも逃げ出したいのをぐっとこらえて待っていると、ガラっと戸が開いておば・・いや、

   中年の細面の女性が顔をのぞかせました。

    「なんえ~~~?」

   殿様が緊張しすぎて声を出せずに固まっていると、女性は殿様からふと斜め下に

   視線を落としました。

    ? 殿様もつられて同じところを見ると、惣太がニコニコと立っています。

   女性の険しい表情が少し和らいだとこで、殿様は思いきって切り出しました。

     「あ・・・・・あのう・・・・お役人の中屋敷殿からう、伺いまして・・・だな・・・」

     「あ・・・?あの人の知り合いどすか?」

     「は、いや・・その・・・鈴音というお方にお会いしたく存じまして」

     「え?鈴音は私どす」

     「え?そ、そう・・・・なななんですか!あのう・・・お話が・・・」

   殿様のあわてぶりを見て妙な輩ではないと判断したのか

     「ここではなんですよって・・・・お座敷の方へお周りください。」

   鈴音は右の方の角を優雅な手つきで指し示しました。

     「は、はい」

   少しだけホっとして右の角を曲がると・・・・そこは・・・・・

      ゆ・・・・・・遊郭!!

   殿様の心臓は、先ほどの100倍も早く打ちならし始めました。

    「と!太郎殿!お気を確かに!」

    「お・・・・おう・・・・」

   つる一郎の励ましに返事はしたものの、目の前が真っ暗です。

    「と太郎さん、ほら行きますよ!」

   そう言って手を握ってきたのは惣太でした。

   なんか名前が妙なことになっていると思いながらも、殿様は惣太に手を引かれるまま

   遊郭へ歩いていきました。

    「いらっしゃいませ。女将から話しは伺うてます。こちらへどうぞ。お小さいぼんも」

    「お・・・おう」

    「はい!」

   腰の低い、小柄な男性に導かれて殿様と惣太は遊郭の派手な朱塗りの柱が立ち並ぶ

   玄関で履きものを脱ぎ、中へ入りました。

   お城では見かけることのない煌びやかなふすまの部屋を左右にいくつか通り過ぎ・・・

   廊下の角を曲がると、きれいに手入れされた池の庭、さらに築山の庭があり・・・

   また更に角を曲がると、普通の障子があらわれて、そこへ男性が膝をつき

    「お連れしました」

   と声をかけ、スっと障子を開けて中へ入るように促しました。

    殿様が頭を下げて上げた時にはもう、男性の姿はありませんでした。

    「こないな所へようこそおいでくださいました」

    「あ・・・・・・は・・・・始めて見たもので・・・いや~~」

   殿様は正直に言い、頭をかきました。

    「どうぞおすわりください」

   さっきとは打って変わって、鈴音はにこやかに席を勧めました。

   座布団も落ちついた色合いで、殿様はどこかホっとしました。

     「中屋敷は、元の亭主でしてね・・・」

     「は・・・そうなんですか」

     「一緒になるならこの生業を辞めてほしいと言われたんですけど、どうしても

     辞めたくなくて・・・あの人もいいと言うてくれはって・・でも世間様は許してくれ

     ませんでね、この有様どす」

     「は・・・はあ・・・」

     何と、あのおにぎり顔とこの鈴音は元夫婦だったのでした・・・。

     「それで・・・・・話といいますのは?」

     「はい。そなたのことではないかもしれないのですが・・・鈴音という名前だけしか

      頼りがありませんので」

     「はい。わかりました。私ではないかもしれんということですわね」

     「はい。御無礼を承知で申し上げます。あのう・・・・鈴音殿は、しらゆきという

     目の見えぬ女の子のことをご存じではないかと思いまして。」

    すると、鈴音は心底驚いた顔をしました。

     「名前は・・・しらゆき・・・・そんな名をつけてくれはったんですねえ。

      目の見えない赤ん坊なら昔引き取ったというか預けたことがあります」

     「そうですか!私はその国の者で・・・・あなたは母親では・・・?」

     「はい。違います私が生んだ子どもでは・・・・は!あなたはもしや?」

    鈴音がまじまじと殿様の顔をのぞきこみ・・・殿様はギクリとしました。

     「あの子の父親・・・ではあらしまへんの?」

    殿様はそれを聞いてホっとしました。

     「い・・・・いいえ・・・父親ではありません・・・」

     「そうですか、かんにん。でも、そいだらなんで?」

    「実は、目の見えぬ子を探している楽団の女性がおりまして。もしかしたらと・・・

     それでお話を伺いにきた次第です」

    「ああ、そないですか。それならわかりました。けど・・・私は本当の母親が誰かは

     知らんのです。

     当時、私はもっと西にある街の置屋におりました。百姓でいるのが嫌で、芸で身を

     立てようと思いまして。それと煌びやかな着物に憧れましてな。

     そこへある日、赤ん坊をつれてきはった人がおりまして。それで私が世話役になって

     しもたんです。なんでこれから芸鼓になろうとしているのに赤ん坊の世話など!と

     思うたんですが、それがまあかわいらしい子で。ひと目で気に入ってしもて。

     けれど、目が見えんとこの置屋でどう生きて行くのか・・・・かわいそうやとも思うて

     おりました・・・そんな折に、置屋が火事になりましてな。なんとか命からがら逃げ

     出して。その時思うたんです・・・この子は普通の暮らしをさせたいて。普通でも

     難しいかもしれん。けど、ごく普通に生きてほしいと思いました。

     それで、私の両親にお願いして育ててもらおうと・・・預けたんどす」

     「そうでしたか。しらゆき殿はいつも楽しそうですよ。ちいっとばかし変わったところ

      もありますが、とてもいい子です」

     「そうですか・・・あの母ならちゃんと育ててくれはると思っておりました」

    鈴音は、目にうっすらと涙を浮かべて言いました。

     「それで・・・なにかこう、出生のことがわかる手立てとか・・・ありませんかの?」

     「そうですねえ・・・・そういえば、初着やおくるみの着物が大層立派な仕立てでした。

     当時は疎くてわかりませんでしたけど、今なら高価なものやったとわかります」

     「ほう!なるほど!」

     「あとは・・・・そうどすな・・・お守りがついたはったと思います。あれは確か、

      伏見にある稲荷神社のものやと思います。それくらいどすな・・・

     あの子の本当の親を探してくれはって、おおきに!けど・・・なんや事情があると

     思います。どうかあの子のことをいちばんに考えてあげてください。

     手離した私が言うことやあらへんかもしれませんけど」

     鈴音がそう言いながら殿様の手を両手で握ったので、殿様は目をうろうろさせました。

      「わ・・・・・わかったんだな・・・いちばんにしらゆき殿のことを・・・その・・・・

       わ、わ、わかりました」

      「おおきに!おおきに!」

     鈴音はもう一度強く握りしめ、ようやく離してくれました。

     おいしい宇治抹茶とお菓子をごちそうになり、また煌びやかな建物のなかを通り、殿様と惣太は
つる一郎たちの元へ帰ったのでした。

  殿様一行は、つる三郎一行からの連絡を待ちながら、宿で疲れを取ることにしました。

   殿様はふと、惣太を振り返って腰を落としました。

    「惣太殿・・・・そなたはこれからどうするのかの?」

   惣太は、母親を亡くしたと言っていました。親戚に、あの熊八のところへ連れて来られたと。

    「誰か他に、身よりはないのかの?」

   優しく問いかけると、惣太は少しうつむいて小さな声で言いました。

    「・・・・・・・・・・と一緒がいい・・・」

    「あ?  もう一度言ってくれんかの?」

    「と太郎さんたちと、一緒にいたいですっ!!」

    「ああ?余・・・あいや、わ、私らと・・・じゃと?」

   びっくりしている殿様に、惣太は何度も何度もコクコクと首をたてに振りました。

    「と太郎さんは、僕を殴ったりいじめたりしないから。それに・・・・・
 
     安心するんです。僕は父を知らない・・・から」

    「父・・・・・じゃと?余・・・わ、私を父と・・・・?」

    「と、太郎殿にいきなり子どもが!!!!・・・」

   つる次郎が眉間にしわをよせ、左手でアゴをつかんで言いました。

    「・・・・・・・・・いいかもしれませんねえ」

    「う・・・・・・しかし・・・・・・」

    「惣太殿、このままというわけにはいきませんよ。どなたか身内の方は?」

    「ええと、親戚の叔父が・・・・でも・・・・・あの人嫌いなんです。僕が邪魔で・・

     だから平気であんな熊八のところへ・・・・」

    「つる次郎、惣太殿のその親戚のところへ参ろう。そして話をつけてくるのじゃ」

    言いながら殿様は、大きなあくびをしました。

    「と!太郎殿・・・・どうかお休みください。その件は私と惣太殿にお任せください」

    「・・・・・・わかった・・・任せる・・・・余はちっと寝るでな・・・・」

    そういうわけで、つる次郎と惣太は、惣太の親戚の元へ出かけることになりました。

    「惣太殿、あなたが我々の所へ来るということについて、少しお話をせねばなりません

     それからどうするか、あなた自身で決めてください」

    つる次郎は歩きながら、惣太に、太郎は本当は殿様であること、ここから更に別の国

    へ行くことになる・・・ということなどを話しました。

    惣太は、太郎が殿様だということにいちばんびっくりしていました・・・・。

    そして考える間もなく、つる次郎に向かって言いました。

    「僕は、助けてくださったと・・・・太郎さんが大好きになりました!だから一緒にいたい。

     その気持ちに変わりはありません!どうか連れて行ってください!」

    それを聞いて、つる次郎は微笑みました。

    「わかりました!では親戚の方のところへ参りましょうか!」

    「あ!叔父は、お酒が大好きで・・・・お酒を下さる人にはニコニコしますよ」

    「なるほど!ではお酒をお持ちいたしましょうか!」

    つる次郎と惣太は、高級なお酒をたくさん買い込んで、親戚の家に行きました。

    お酒を見た親戚の男は、快く惣太を引き渡してくれました。

    心付けとしてお金も渡したので、胡散臭げにつる次郎を見ていたその妻も、態度を

    崩して惣太を引き取ることをふたつ返事で了解してくれました。

    それから惣太は、母親の墓に参って旅立ちの報告をしたのでした。

     「あっさり惣太殿を引き渡してくれましたね」

     「ええ・・・・・どうせ厄介者でしたから・・・」

     「本当にいいのですね?お友達や思い出の場所や・・・心残りなどありませんか?」

     「友達もいませんし、大丈夫です!」

     「あとひとり、やっかいな人がいますが・・・・それはおいおいということで・・・」

     「え?どなたですか?」

     「あ、まあ・・・・・それはいずれ^^」

    つる次郎は頭をかきました。いきなり子どもを引き取ったとなると、あの蓮華が・・・・

    と思うと・・・・なんとかなる・・・はず!

     「それにしても・・・」

    惣太がポツリと言いました。

     「太郎さんが殿様なんて・・・・なぜつる次郎さんじゃないんですか?つる次郎さんの方がよほど、殿様らしいと思いますけど?」

    つる次郎は、惣太の頭をポンポンたたいて言いました。

     「だからですよ」

     「え?な、なんでですか?」

     「私が殿様だと、その、殿様という仕事を一生懸命するでしょう」

     「はい。それでいいのではないですか?」

     「だからです。殿様とは一体、どんな仕事だと思いますか?惣太殿」

     「ええ?僕に聞くのですか? ええと・・・・その国のことをいろいろ考えて

     他の国の人と話したり・・・戦をしたり・・・国の人を守る・・・・こと?」

    「はい。惣太殿は賢いですね。まあおおよそ、その通りです」

    「はあ・・・・ありがとうございます」

    「その点、あの太郎殿は、そういうことを全くしません。しようともしません」

    「え!?」

    惣太は絶句しました。

    「殿様の仕事をしないって・・・・・え?ええ~~~?」

    それを見て、つる次郎は笑いました。

    「殿様なんていなくていいのだと太郎殿は言うのですよ」

    「え!? な、なんでですか?それではその国はいったいどういう・・・?」

    「そう思うでしょう?ところがとってもいい国なんですよ、これが。自慢したいくらい」

    「わけがわからないです・・・なぜなのですか?」

    「国のいろいろなことは、その仕事をしている人がいちばんよくわかっていますから

     その人に任せるのです。たとえばお百姓さんとかね。商人たちもちゃんと話し合って

    自分たちで決まりをつくっていますし。国の困りごとは解決できるひとがいて、子ども

    たちの教育も、ちゃんとできる人がやってくれる。そういう国なんです」

   「へえ・・・・・・じゃあ、太郎さんは何をしているのですか?」

   「まあ、見ればわかりますよ」

   「はあ~~~~~」

   わかったような、わからないような・・・・

   「でも、ひとつだけわかります」

   「お?なんですか?」

   「みんな、太郎さんのことが大好きだということは、わかります!僕も・・・ですし」

   「そう!それ!みんなが太郎殿を好きなんです。だから殿様なんですよ」

   ん?やっぱりよくわからないような・・・・?


     へ~~~~~っくしょい!!


   くしゃみをしながらも、幸せそうに眠る、殿様なのでした。