恋の予感❤ | ただの日記

ただの日記

アラカンになりました。
日々のこと、義家族のこと、趣味の着付けやヨガのこと
書き殴っています(笑)

入居している特養で

他の入居者さんからうるさいと嫌われ

ユニット移動された母。

当初は、



こんな刑務所みたいなとこ早く出して!

ツ●ボやボケばあちゃんばっかで、

誰もまともに話ができない。

この親不孝者!!




と、差別用語連呼の電話が来たが、、アセアセアセアセ

その後5日ほど音沙汰なし。




恐る恐る電話をしてみると、、




新しい人が入って来たの。

足腰が悪くて車椅子なんだけど、

頭はしっかりしてるから

お兄ちゃんって呼んでるのよ。




で、和菓子職人だったんだって。

だから、今度の外出のときに

そのお菓子屋さんに行ってそのお菓子

買おうよ。




と、随分穏やかにになっている。




そのお兄ちゃん、お名前なんていうの?




う〜ん、、聞いたけど忘れちゃったから

お兄ちゃんって呼んでるのよ!




ま、なにはともあれ

穏やかになっているので、、

ま、いっか。




そして数日後、所用があったので

母が毎日電話をしている叔母に架電。

すると開口一番に叔母が




ね〜、小紋ちゃん、お母さんから聞いた?

お兄ちゃんのこと




うん、聞いた聞いた。

もと和菓子職人さんなんでしょ?




そうなの、それでね、

その人の部屋があまりにも殺風景だからって

母の日に貰ったカーネーションの造花と

3つある卓上カレンダーを一つ

その人の部屋に持っていって上げたんだって




へ〜、その話はまだ聞いてないわ。

それにしても随分積極的だね。

でも、卓上カレンダーって私が差入れた

1つしかないと思うんだけど。




あらま、お姉さん勘違いしてるのかしら。

ま、いいわ。でね、まだ続きがあって、、

それが職員さんにばれて、

入居者同士でやり取りしちゃだめって

カーネーションとカレンダーは

返されたんだって。




へー、高価なものでもないのに

だめなんだぁ。




そしたら、前みたいに怒り狂って

こんな刑務所みたいな所に押し込められて

小紋は鬼娘だって言ってたのよ。




あらま〜、叔母ちゃんごめんなさい。

そんな電話聞くのも嫌よね。

ホント、ごめんなさい。




ううん、いいの。

怒ってても翌日には忘れてるから。

私は気にしてないのよ。




叔母は、会社経営の叔父に嫁ぎ

軽井沢に別荘があるほど裕福な家だが、

舅姑小姑まで同居するお屋敷のような家で

まるで家政婦のように家事をし、

そして舅姑をそれぞれ90歳過ぎまで

自宅で介護した。。

小姑たちが施設に入れるなんて

とんでもない!と、口出ししたそうな。




そしてやっと白寿で姑を見送った数年後

叔母は食道ガンを患い、

55キロあった体重が35キロに、

手術してもう3年経つのに

一向に体重は戻っていない。




そして尚、その闘病中に、

パーキンソン病になった夫の自宅介護

そして二年前にその夫も見送った。




裕福故に、義家族に苦労した

昭和の嫁の典型的な叔母。




その叔母に

お姉さんは自由で羨ましいわ。

と言われる母。




どっちが幸せなんだろう。。




ま、生活に困ったことはなかったので

いくつになっても浮いた話があり

誰の介護もしなかった母の方が

幸せかどうかは別として

楽な人生だったことは間違いないだろう。




母は60からも彼氏を作り、

そして認知症になってからも

男性職員や新入りのお兄ちゃんに

うつつを抜かしている。




他県の特養で働く妹に言わせると

施設の色恋沙汰は意外とあるらしい、、

ま、他人なら微笑ましいけど、、




娘としては、、 お察し下さいアセアセアセアセ




ま、娘としては複雑だけど、もやもやもやもや

その元和菓子職人さんと

仲良くさせて頂いているうちは

こちらの負担が少し軽くなるので、




ま、しゃ〜ないな。




ただ、あまりにもしつこくして

そのお兄ちゃんに嫌われなきゃ良いけど。




今度面会に行ったとき、

お兄ちゃんに会って

「母がお世話になっています。」と

ご挨拶したいわ。