8月4日のJ-castNewsからの転載ですが
http://www.j-cast.com/2011/08/04103635.html?p=all
「六重苦」にあえぐ自動車産業 トヨタ専務「労働規制が厳しすぎる」
いま日本の製造業は「六重苦」にある――。最近、自動車業界などでよく言われる言葉だ。円高や高い法人税、自由貿易協定(FTA)への対応の遅れ、製造業への派遣禁止などの労働規制、温室効果ガスの原因とされるCO2の25%削減。そして、東日本大震災後の電力不足の6つで「六重苦」だ。
その一つ、労働規制について、2011年8月2日に開かれたトヨタ自動車の11年第1四半期決算の発表会見で伊地知隆彦専務が、「いまの労働行政では、若い人たちに十分働いてもらうことができなくなっている」と。
伊地知専務によれば、期間従業員の雇用が難しくなっている。
震災による部品の供給不足が解消し、トヨタをはじめ自動車業界は一斉に増産体制に入った。トヨタは今後、休日出勤や残業の実施、7月からは3000~4000人の期間従業員の確保に乗り出した。「いまのところ確保できているようだが…」(伊地知専務)
期間従業員の日給もこれまで9000円台だったが、1万円台になったところもあり、「総合的にみて、若干採りにくくなっている」と心配する。トヨタは、今年度の生産台数を6月時点の計画から33万台上乗せして772万台に修正したが、今後は部品の供給や設備能力に不安はないものの、「人員の制約」によって生産が鈍る可能性があるとみている。
8月3日付のレスポンス自動車ニュースによると、伊地知専務のこんな危惧も紹介した。「若い人たちが時間を気にしないで働いてもらう制度を入れてもらえないと、日本のモノづくりは10年後とんでもないことになるのではないかと思う」。
伊地知専務によると、韓国のヒュンダイとトヨタの技術者を比べた場合、個人差はあるものの、年間労働時間が1000時間も多いという。10年で1万時間。この差が技術力の差につながってくるとみている。
いまの若者が働かないというのではない。「労働規制が厳しすぎる」と指摘していて、日本の技術力を守るためには労働規制の緩和が必要と示唆したのだ。
日本が勝つためには「圧倒的な技術力をつけるしかない」
「すでに(ヒュンダイに)コスト競争力では負けている」。決算説明会で、伊地知専務はこう漏らした。ヒュンダイとの労働コストをドルベースで比べると、日本はヒュンダイの2倍かかっていて、「クルマの原価の差は労働コストの差だ」という。
ただ、そうした中で日本が勝っていくためには、「圧倒的な技術力をつけるしかない。そのためには、日本の車両開発技術と生産技術開発をクルマの両輪でやっていくしかなく、日本はその生産基盤をもっている」と説明。これが真意だと語った。
もちろん、トヨタをここまで追い詰めたのは「円高」だ。トヨタは「輸入部品に手をつけざるを得ない」とも話し、国内の生産部品を使っていくことは限界に達していることも示唆した。
このように、何が何でも「会社は悪」、「会社に厳しく」では、日本産業の根幹であるものづくりの大半が海外へ流出してしまうことが現実的に懸念される。上記記事にある、「輸入部品」の利用はその序章に過ぎないと思われるからだ。
数年前の自民党政権下において、「ホワイトカラーエグゼンプション」法案が検討されたことがある。ニュースやワイドショーで「残業代ゼロ法案」と報道されたと言ったら覚えておられる方もいるだろうか。
そもそも、日本の労働法は、戦前の「工場法」の流れを汲む法律である。
明治・大正時代の法律であるから、その労働者は当然「工場において肉体労働に従事する者」を前提とした規制が置かれている。
その最たるものが、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間規制である。
確かに、工場等で働く労働者の方については、働いた時間分だけ製品が完成し、身体的疲労も認められるのであるから、このような法定労働時間の規制になじむといえよう。
しかし、純然たるホワイトカラー(単純事務作業に従事する労働者ではなく、上級層)については、必ずしも労働時間に正比例して労働の成果が現れるわけではない。端的に言えば、10時間だらだら仕事をするよりも、良い閃きを1時間で思いつく場合の方が成果としては良い場合もある。
このように、単純な時間規制になじまない労働者の層が明らかに存するのに(技術者・研究者などもこれに該当すると言って良い)これに対応した労働時間法制は工場法の流れを汲む労働基準法には見られないのである。
現行労働基準法においては、管理監督者制度、専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制などの労働時間制度もあるが、、マクドナルド事件をはじめ、これらの適用については実務上極めて厳格に解釈されており、適用される範囲は極めて狭い。
そのため、これら要件を緩和し、広く頭脳労働者に対するあるべき労働時間制度の構築という趣旨で「ホワイトカラーエグゼンプション」導入議論が始まったのである。もちろん、収入要件も付けた上での議論であった。
これを当時のマスコミは、あまり考えもなく、単純に「残業代が出なくなる」という一部の事象のみを切り出して、「残業代ゼロ法案」とネーミングし、ネガティブキャンペーンを行った結果、廃案に追い込んだのである。
日本経済が徐々に沈んでいく姿を見て、当時のマスコミ関係者は何を思うだろうか。