本日のテーマ

【自分の学問を作る】

 

 

昔、多くの小学校には、二宮金次郎(尊徳)の銅像がありました。
本を読みながら、薪を背負っている姿は有名です。

 

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幼い頃から働きながら学んでいる姿で、苦学の末、立派な人間になった、というイメージが連想されます。

 

二宮尊徳は、当初、書物からいろいろな学問を修得しましたが、後にそのやり方を嫌うようになります。
理由は、自分の身分は政治をつかさどる武士階級とは違って、自然を相手にする農民だったからです。


農作業は、自然のルールに従わなければ実りを得ることはできません。
自然の中で生きるためには、人が考える抽象論ではなく、自然の法則に基づいた具体的な実践が必要であると考えました
「この世には、人の道を説いた書物は数えきれないほど出ているが、一つとして完全なものはない。これは釈迦も孔子もみな人間だからだ。儒教だって四書五経だって、仏教だって、みな人間が書いたものだから、書いた人の癖が出てしまっている。だから私は、私自身で万物が生じる天地自然の道というものに当てはめてみて、間違いのないものだけを採用し、間違っているものは採用しなかった」(八七話)

 


特に、わたしが印象に残ったのは、「人の道を説いた書物で、一つとして完全なものがない」でした。

もし完全な教えがあれば、皆が成功者し、幸せに生きられるのかもしれません。
二宮尊徳は、自分自身に合った学問を探し出したのです。

 

人の教えが、完全ではないからこそ、人の教えを学びんながら自分自身の学問を探すことが必要なのでしょう。


いろいろな人の教えの中から、自分にあった本当の学問を作っていくことが大事ではないでしょうか。