本日のテーマ

知識は整理が必要】

 

 

知識は、多ければ多いほどよいとは限りません。

ときには、たくさんの知識を持っていることが、かえって考えることの邪魔になる場合もあるようです。

 

インターネットが普及し、今では調べたいことがあれば、いつでも、どこでも、簡単に情報を得られるようになりました。

自分から調べようとしなくても、次から次へと情報が入ってきます。

一昔前なら、辞書を引いたり、本を探したり、電話で問い合わせたりしながら、時間をかけて調べる必要がありました。

 

それを考えると、本当に便利な時代になったものです。

しかし、便利になった反面、別の問題も生まれているように思います。

 

それは、

「知っていることは多いのに、本当には理解していない」

ということです。

 

情報をただ集め続けていると、その情報に埋もれてしまいます。

幅広く知っているつもりでも、一つひとつについて深く考えていなければ、本質を理解するところまでは届きません。

 

そこで私は、知識や情報の扱い方を意識するようにしています。

まず、必要だと思う情報は、できるだけ広く集めます。

 

そして、あとからいつでも取り出せるように、自分なりに整理し、分類しておきます。

そのうえで、本当に必要になったものについては、さらに調べ、考え、確かめながら深く掘り下げていきます。

 

情報を集めることと、自分の知識にすることは違う。

私は、そう考えています。

もう一つ、知識を整理するうえで大切なのが、

「余分なものを捨てること」

です。

新しい知識を加えていくことばかり考えがちですが、ときには不要なものを手放すことも必要です。

 

新井満氏の著書『自由訳 老子』には、「引き算のすすめ」として、次のような考え方が紹介されています。

 

世の中の行いには足し算と引き算がある
足し算は、たやすいが引き算は、案外むずかしい
新しいことを一つ始めるよりも
余分なことを一つ減らしなさい
有益なことを一つ始めるよりも
無益なことを一つ減らしなさい

学問をおさめると知識の量は日に日に増えてゆく
しかし、だんだんと大量の知識にしばられて
精神の自由がうばわれてしまう

よけいな知識を減らしていくことで、
知識にしばられていた精神は解放され、
自由に、自然に生きられるようになる。

(新井満著『自由訳 老子』朝日新聞社より)

 

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私たちは知らず知らずのうちに、

「どれだけ多く知っているか」

ということで、自分を評価してしまうことがあります。

 

しかし、大切なのは、知識の量ではありません。

その知識から、

何を理解したのか。
何を見抜けるようになったのか。
何に活かすことができるのか。

そこまでいって、初めて知識には価値が生まれるのではないでしょうか。

 

また、過去に得た知識や経験にこだわりすぎることで、

「これはこういうものだ」
「以前はこうだった」
「自分は知っている」

という思い込みが生まれ、新しいものが見えなくなることもあります。

 

知識が増えることによって、視野が広がることもあれば、
知識にしばられることによって、視野が狭くなることもあるのです。

 

だからこそ、ときには自分の中にある知識や情報を見直してみる。

必要なものは残す。
必要のないものは手放す。
曖昧なものは確かめ直す。
大切なものは、さらに深く掘り下げる。

 

こうして整理していくことが大切なのだと思います。

知識とは、ただ持っているものではなく、
整理し、考え、使うことによって、初めて自分の力になるものです。

 

そして、本当に大切なのは、

たくさん知ることではなく、
大切なことを深く知ること。

そこに、「生きた知識」が生まれるのではないでしょうか。