本日のテーマ
【かけがえのない命から与えられるもの】
私たちは、これまでに多くの人の支えがあって、生きてこられたのだと思います。
この世に生を受けた時から、
父、母、兄弟。
友達、先生。
仕事の仲間。
恩師。
恋人、愛する人。
そして、我が子。
改めて人生を振り返ってみると、実に多くの人の支えや協力があって、今の自分があることに気づかされます。
特に、家族という身近な存在から支えられ、愛され、幸せを与えられていたことを、しみじみ感じます。
私は以前、我が子に限りない愛情を注いだ、あるお母さんの手紙を読んだことがあります。
その手紙から、かけがえのない家族の愛と支えの大きさを教えられました。
そして、何気ない日常の中にある小さな幸せこそ、本当にかけがえのない幸せなのだと気づかされたのです。
精神科医であるヴィクトール・E・フランクルは、著書『それでも人生にイエスと言う』の中で、「どんな人生にも意味がある」ということを伝えています。
その著書の中に、ウィーンの新聞に掲載された、ある母親の手紙が紹介されています。
そのお母さんの子どもは、生まれながらに重い病を抱えていました。
歩くことも、話すこともできませんでした。
お母さんは若く、十八歳でした。
それでも母親として、わが子を限りなく愛し、昼も夜も働きました。
少しでも栄養のあるものを食べさせたい。
少しでもよい薬を買ってあげたい。
何とかして助けてあげたい。
その一心で生きていたのです。
ある日、お母さんは娘の小さな手を自分の首に回して、
「お母さんのこと、好き?」
と尋ねました。
すると、その子はお母さんにしっかり抱きつき、微笑み、小さな手で不器用にお母さんの顔をなでたそうです。
その瞬間、お母さんは、どれほどつらいことがあっても、限りなく幸せだったと語っています。
さらに、そのお母さんは、このように受け止めています。
あの子が、私に人生の真髄を教えてくれた。
あの子がいなければ、命の本当の尊さも分からなかった。
人をうわべで判断するような傲慢な人間のまま、人生を終えていたかもしれない。
あの子こそ、私たちに大切なことを教えてくれた教師だったのだ。
この言葉を読んだ時、私は深く胸を打たれました。
大変な困難の中にありながら、なんと深く、前向きな受け止め方でしょうか。
そして、わが子に対する深い愛情に、心から感動しました。
このお母さんは、子どもを支えていたようで、実は子どもから支えられていたのかもしれません。
命の尊さ。
愛することの意味。
小さな幸せに気づく心。
人をうわべで見てはいけないという教え。
それらを、かけがえのないわが子の命から与えられていたのです。
私は、このお母さんの手紙から、二つのことを学びました。
一つは、愛が深ければ深いほど、見えてくる幸せがあるということ。
もう一つは、かけがえのない命から、私たちは支えられているということです。
人は、自分が誰かを支えていると思っていても、実はその人の存在によって、自分自身が支えられていることがあります。
愛する人の存在が、生きる意味を教えてくれることがあります。
家族の存在が、命の尊さを教えてくれることがあります。
人生には、意味がある。
苦しみの中にも、教えがある。
そして、かけがえのない命との出会いの中に、私たちは大切なものを与えられているのだと思います。
ジョージ・ムアの言葉に、次のようなものがあります。
「人間は自分のほしいと思うものを求めて世間を歩きまわり、そして家庭にかえった時にそれを見いだす」
本当に大切なものは、遠くにあるとは限りません。
身近な家族の中に。
愛する人の中に。
かけがえのない命の中に。
すでに与えられているのかもしれません。
参考文献:『それでも人生にイエスと言う』ヴィクトール・E・フランクル著