本日のテーマ
【こだわらない「空」の心】
仏教の経典『般若心経』に、「諸法空相(しょほうくうそう)」という言葉があります。
あらゆる物事は「空」という姿で存在している。
つまり、すべてのものは固定されたものではなく、さまざまな縁によって成り立っている、という意味です。
では、「空」とはどういうことでしょうか。
いつまでもこだわらないこと。
執着しないこと。
勝手にレッテルを貼らないこと。
一つの見方に縛られないこと。
私は、そのように受け止めています。
「空」を考える、こんなたとえ話があります。
海に出たボートが転覆し、あなたの母親と妻が溺れています。
助けに行ったあなたは、どちらを先に助けるべきでしょうか。
親孝行が大事だから、高齢の母親を先に助けるべきか。
それとも、これから未来のある妻を先に助けるべきか。
いや、妻よりも母親が先ではないか。
いや、やはり妻が先ではないか。
もし、そのようなことを考えているうちに時間が過ぎてしまえば、どちらも助けられなくなってしまいます。
では、どうすればよいのでしょうか。
答えは、
「近くにいるほうから助ける」
です。
母親だから。
妻だから。
年齢が高いから。
未来があるから。
そのような考えにとらわれすぎると、目の前の現実が見えなくなってしまいます。
これが、偏った見方であり、こだわりなのだと思います。
そして、そのこだわりを手放すことが、「空」の心につながるのではないでしょうか。
偏見やこだわった見方は、視野を狭くしてしまいます。
私たちは知らず知らずのうちに、自分の経験や知識、感情によって、物事を勝手に決めつけていることがあります。
「あの人はこういう人だ」
「これはこうに違いない」
「自分の考えが正しい」
そう思った瞬間に、心は少しずつ固くなっていきます。
こだわらない心とは、何も考えない心ではありません。
物事をよく見て、状況をよく見て、今、本当に大切なことを見失わない心です。
人を偏見で見ない。
人を差別しない。
一つの考えに執着しない。
そのような心が、「空」の心なのだと思います。
釈迦の言葉として、次のような教えがあります。
「ものや人に依存すると、人は道徳を忘れる。」
幸福になる道も忘れる。
何かにしがみつきすぎると、人は本当に大切なものを見失ってしまうのかもしれません。
こだわりを捨てること。
執着を手放すこと。
偏った見方から自由になること。
そこに、人が穏やかに生きるための一つの道があるように思います。