本日のテーマ
【自分だけは大丈夫!?】
社会のルールは、みんなが守ることで成り立っています。
もし誰も守らなければ、たちまち秩序は崩れてしまうでしょう。
けれど、こんな考えが頭をよぎることはないでしょうか。
「自分一人くらいなら大丈夫だろう」
「みんなもやっているのだから、自分もいいだろう」
こうした小さな例外の積み重ねが、やがてルールを形だけのものにし、社会のモラルを少しずつ崩していきます。
これは特別な人の話ではなく、誰の中にもある考え方かもしれません。
「自分だけは」という思い。
場合によっては、自分はどこか特別であると感じてしまうこともあるでしょう。
では、こんな話があります。
ある村で、酒盛りをすることになりました。
村人たちは、それぞれ徳利に酒を入れて持ち寄り、一つの大きな釜に注いで飲むという約束でした。
その中の一人、嘉助はこう考えました。
「自分一人くらいなら、酒の代わりに水を入れても分からないだろう」
そうして水を入れた徳利を持って行き、何食わぬ顔で釜に注ぎました。
ところが、同じことを考えていたのは、嘉助だけではありませんでした。
権兵衛も、弥吉も、同じように水を持ってきていたのです。
やがて酒盛りが始まりましたが、釜の中にあったのは酒ではなく、ただのぬるい水でした。
皆の顔は、酒ではなく気まずさで赤くなりました。
「まさか、みんなが同じことを考えていたとは……」
誰も何も言えないまま、場は白け、酒盛りは静かに終わったそうです。
この話は、どこか他人事のようでいて、実は私たちの身の回りにも起こっているのではないでしょうか。
会議のとき、「自分は発言しなくてもいいだろう」
皆でやることに、「少しくらい手を抜いてもいいだろう」
もし、全員が同じことを考えたらどうなるでしょうか。
物事は前に進まなくなり、やがて組織も社会も機能しなくなってしまいます。
「自分だけは」という心は、小さなもののようでいて、確実に全体を蝕んでいきます。
だからこそ大切なのは、
“自分一人でも守る”という在り方ではないでしょうか。
私はこう思います。
誰も見ていないときの選択こそが、その人の人格をつくる。
■ジャン=ポール・サルトル の言葉
「われわれはつねに自分自身に問わなければならない。もしみんながそうしたら、どんなことになるだろうと」