本日のテーマ

あいまいな表現

 

 

日本人は、外国人と比べて謙虚だと言われることがよくあります。
たとえばアメリカでは自己主張が強く、物事をはっきり伝えなければ誤解されてしまうことも少なくありません。

 

それに対して日本人は、相手のことを考え配慮する文化があるためか、遠慮深く、はっきりと言葉にしないことが多いようです。

 

例えば、電車の中のアナウンスで携帯電話の利用について、こんな表現を耳にすることがあります。

 

「車内での携帯電話の使用はご遠慮ください」

 

 

ここで使われているのが「遠慮」という言葉です。
「使用しないでください」や「使用禁止」といった、はっきりした表現は使われていません。
おそらく、さまざまな立場の人に配慮した表現なのでしょう。

 

しかし、この「あいまいな表現」である「遠慮」は、人によって捉え方が異なります。
大きく分けると、次の三つの受け取り方があるように思います。

 

辞退と受け取る人
 謙虚な人は、この言葉を「使うべきではない」と受け取り、辞退します。

 

多少ならよいと考える人
 周囲に迷惑をかけない程度なら、少しは使ってもよいと考えます。

 

使用してもよいと考える人
 遠慮という言葉を気にせず、自分の都合で使用してしまう人です。

 

同じ言葉でも、このように捉え方はさまざまです。
そして、こうした場面にこそ、その人の人間性が表れるのではないでしょうか。

 

周りの人に迷惑がかかることについては、あいまいな表現ではなく、はっきりと伝えることも必要なのかもしれません。
特に日本人の社会では、なおさら必要なことのように思います。

 

私は、「遠慮」と言われたときには、
それを辞退すべきこととして受け止めたいと思っています。

 

西欧にはこんなことわざがあります。

「あいまいな言葉は、嘘の始まり。」