本日のテーマ
【客観的に観る】
今から35年も前のことになります。
ある企業から社員研修の依頼がありました。
社員が110名ほどの規模の会社です。
そこで、まずは社長の意向を聞いてみることにしました。
「急成長をしてきた会社で人事をしてきたが、最近一体感になることが必要だと感じてきた。そこで、社員同士が想い合えるようになってほしい。役職ごとの研修を希望する」
この内容を聞き、わたしはこのように提案しました。
「もし一体感をつくるのであれば、役職ごとにグループを分けるよりもすべての役職をばらばらにしてグループをつくり、しかも我が家に泊まり込みで7日間ほどの研修を行いたい」
結局10人ずつのグループを11組つくり、男性の方々は7日間、我が家に泊まり込みで研修を行うことになりました。
このようにして研修ははじまったのですが、すべてのグループを終えるまで3ヶ月ほどかかりました。
(この研修は家族の協力かがあってこそ実現しましたが、今の時代では叶わないやり方かもしれません……)
研修は、様々なプログラムを用意しましたが、
まずは一体感になってもらうために、共に生活をすることからはじめました。
参加する方は、「部長・次長・課長・係長・主任・一般」と役職がばらばらで1グループが編成されます。
この研修のルールは、研修期間すべての役職を外してもらい、その日その日のリーダーを決め、一日はそのリーダーの指示に従ってもらいます。
ココで見えてくるもがあります。
器のある役職者と器のない役職者がハッキリ見えてきます。
講師と同じ屋根の下で生活していますと、いろいろなことを感じ、そして見えてくるものですね。
まず、器のない役職者は、自分より下の役職者がリーダーになったときに、権限がないのに、そのリーダーに命令して動かそうとします。
しかし器のある役職者は、たとえ役職が付いてない一般社員がリーダーになっても、その人に従い、ヒントを与えながらサポートし、一日のリーダーの役割を果たさせるために縁の下力持ちになるのです。
人は、こういうときに人間性が見えるものだと つくづく思ったものでした。
また、こんなこともありました。
話し方の研修がありました。
「話を人に伝える」という実習をしました。
まずテーマを与え、そのテーマを3分間でスピーチしてもらいます。
研修生は10人ですので、一人がスピーチしますので、あとの9人は審査員になります。
話を聞いて何か感じるモノがあったときに審査員は手をあげてもらいます。
審査員が9人手をあげれば合格です。
さて、ここで質問ですが、どの役職者が一番に合格したでしょう?
これは、わたしも予想していなかったのですが、他のグループでも同じことが起こりました。
何と、先に合格したのは一般社員です!新入社員もいました。
そして最後まで合格できなかった役職者は?
じつは、部長クラスや上役の人たちだったのです。
何回スピーチしても、伝わってくるモノがありません。
一見は、すらすら話ができていて上手に感じるのですが…
しかし、伝わらない、伝わってこないのです。
その理由は、
“慣れ”そして“上辺のテクニック”で話をしていたからです。
それに対し、合格した人たちは、話すことは慣れていなく、けっして上手だとは言えませんでした。
しどろもどろ、同じことを何回も言う、話につまる、そんな話し方でしたが、真剣に懸命に伝えようとする姿勢がありました。
そう、体全身で話しているように見えました。
その姿が審査員の心を動かし手を上げさせたのです。
合格しない研修生に、ヒントを与えました。
そのヒントは、自分が話している姿を、ビデオに撮って観ることをすすめました。
その理由は、“客観的に自分を観るため”です。
次の日、何か感じるものがあったのでしょう、見事に合格しました。
この研修通し、わたしは多くの学びをもらいました。
じつは、研修を終え、感じたことは講師をしていた、わたしが一番の研修生だったのではないかということです。
それは研修生から教わることがたくさんあったからです。
そのなかでも“自分を客観的に観る”ことの大切さを再認識させてもらいました。
何か問題を見つめるときに、自分の立場だけで物事を見ていても、見えないこともあります。
自分の中から一歩出て、客観的に観ることで発見できることもあります。
■老子の言葉…
「己を知るを明と言い、人を知ることを知と言う」