本日のテーマ

「幸せとは何か?」という素朴な疑問

 

 

わたしが追究しているテーマの一つに、

「幸せ」

がありますが、素朴な疑問からこのテーマを追いかけるようになりました。

 

「幸せって何だろう?」

 

みなさんは、この問いにどんな答えをお持ちでしょうか?

 

わたしは、今までの人生で幸せになりたくて幸せを求めてきました。
しかし不思議ですね。

若いころの幸せ観を見直してみると、変化してきているのがハッキリと分かります。
価値観が違ってきたからなのでしょう。

 

若いころの幸せは、

 お金…

 高級品を持つ…

 人からの評価される…

 異性にモテる…

 欲しいものを手に入れる…

 

そんなことが幸せだと思っていました。

結局、若いころの幸せ観では、自分にとって本当の幸せを手に入れることはできませんでした。

後に気づいたのは、“幸せというものを誤解していた”ということでした。

そして、年月をかけ“本当の幸せ”に気づきはじめるのです。

 

わたしの体験からですが、今までの幸せとは、自分の欲求を満たすことが幸せだと思っていました。

確かに自分が望む欲求が満たされれば、満足し、幸せな気分になるかもしれません。

しかし、こんな疑問がつきまといました。

「それが自分にとっての本当の幸せなのか?」

 

そんな葛藤が続く中でこんなとことを気づきます。

欲求の質”“幸せの関係”

 

欲求することが目先の幸せしか手に入れられないのなら、当然それを手に入れても満足できないでしょう。

だから、勘違いしている欲求をいくら追いかけても “本当の幸せ”を手入れることができなかったのです。

 

この年になって思うのですが、本当の幸せは、一時で消えてゆく「喜び」「嬉しさ」「感激」とは異なるもののような気がします。

 

わたしは、よく幸せについて、人に話すことや、語り合うことをしてきましたが、人はそれぞれの幸せ観を持っています。

人によって幸せとは、“こんなもの”と、深く考えない幸せ観もあれば、深く考えた幸せ観もあります。

「何を幸せと思うか?」によってその人の幸せが決まります。

 

誰でも思うことですが、
 自分の願いが叶う…
 欲しかったものを手に入る…

自分の欲求を満たすことで幸せを感じます。

しかし、それが本当に望んでいる幸せなのでしょうか?
今の自分の願いが叶えば、幸せを手に入れたことになるのでしょうか?

実際にあったこの出来事から考えてみたいと思います。

 

サラリーマンをしているある男性は、宝くじが当たることを幸せと思い、信じていました。

ある日、なんと、その宝くじが見事に当たったのです!
夢にまで見た幸せをつかむことができました。


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お金が入って来て何をするか――考えた末、大金を叩き、ある事業を立ち上げ、憧れていた社長になったのです。
しかし、経験不足で力及ばず、会社は1年で倒産に追い込まれてしまいます。
そして、お金を使い果たしたあげく、多額の借金までつくってしまったのでした。
なんと、宝くじが当たる前よりも不幸になってしまったのです。

 

 

この例のように「欲しいものが手に入る=幸せではない」こともあるのです。
幸せだったのは、お金が入り、何の不安もなかった短い期間だけで、結果は一時の幸せしかつかむことができませんでした。
そして後悔することになります。


「宝くじが当たらなければよかった!…」

 

“お金があれば幸せになれる”と思っていた幸せ観では、本当の幸せを手に入れることができませんでした。

 

もしかして、自分にとって本当の幸せといものは、単なる「喜び」や「嬉しい出来事」ではなく、もっと深く見つめなければ見つからないものかもしれません。

 

今のわたしは、自分の欲求を満たすだけの幸せではなく、感謝することで得られる幸せも感じることができるようになってきました。

 

例えば、こんなことです。

「自分にとって本当に価値ある大切なものがそばにあるだけで幸せを感じられる」