本日のテーマ
【受け入れる優しさ】
優しい人とはどんな人でしょう?
わたしは、相手を理解することができる人だと思っています。
以前の読売新聞の『時代の証言者』では、写真家の大石芳野さんを紹介する記事があり、
沖縄を取材された時のことが書かれていました。
――記事の一部より――
沖縄の取材を続けてきて感じたのは、沖縄の人が自分のこと以上に相手の気持ちを大切にして優しく接することです。障害物があると「邪魔だ」ではなく「どうしてこれがここに?」と問いかけます。(略)
記事のこの文章を読み、自分でも沖縄で同じこと感じたことを思い出しました。
沖縄の人の物事の発想の仕方というのでしょうか…。
例えば、
ある日突然、家の前に何か大きな石のような障害物が置かれていたとします。
そんな場面に出くわした時に、みなさんはどんな発想をするでしょうか?
わたしならば、
「誰の仕業だ!誰がこんなことしたんだ!」
と感情をあらわにするかもしれません。
しかし、沖縄の人のように優しい人は、犯人探しより、原因に目を向けるのかもしれません。
もしかしたら、
誰かが知らないで落として行ったかも…
何かの仕方ない理由でこうなったのかも…
人を受け入れるということは、人を疑う前に、そのようになった原因に目を向けることなのかもしれません。
今回のテーマで、こんなことを思い出しました。
わたしの娘が小さかった頃、テーブルから食器を落として割ってしまいました。
その時に叱らずに、
「何をしようとしたの?」
と聞いてみました。
すると娘は、
「おかたづけしようとしたの…」
この瞬間、“叱らなくて良かった”と、つくづく思ったものです。
相手を理解しようという発想と、現象だけをとられる発想ではまったく異なった対応になるでしょう。
だからでしょう、
「受け入れる理解は優しさである」
と思うのです。