本日のテーマ
【頑張ることは自分だけのためではない】
人生では、頑張らなければならない時があります。
頑張ることは自分のためなのですが、その頑張りで人に影響を与えることもあります。
わたしの講演会で自分の体験を話すことがあります。
22歳の交通事故で左足に大きなケガをして、その後3年掛けてリハビリに励み、少しずつ回復して行きました。
事故後、切断を宣告されたのですが、奇跡的に切断を免れることができました。
その後、今度は左足が不自由になるという宣告を受けることになりましたが、不安を感じながらも落ち込まずに希望を持ちリハビリを続けました。
その結果、3年の歳月をかけ、ようやく普通に歩けるようなりました。
講演でこの話をしたわたしに、ある方がこんな言葉をくれました。
「励みになりました。自分もケガの後遺症で諦めていました。だけど今日の話を聞いて、希望を捨ててはいけないと気づきました。お話を聞けてよかったです…」
この言葉で、わたしは気づかされました。
「自分の頑張りは自分のためだけでない。同じ境遇者の励みにもなっていた」
それからのわたしは、“頑張り甲斐”とでも言うのでしょうか、頑張る甲斐ができました。
「今頑張っていることは、きっと誰かの役に立つことになる。だからやり遂げなければならない…」
そう思うようになったのです。
考えてみれば、結局、自分の励みになっていました。
例えば、身体に障がいがある人が、通常ではできないとされることにチャレンジしたとします。
誰もが障がい者にはできっこないと、思っていたことをです。
もしもそれができたとしたら、今まで閉ざされていた扉を開き、後に希望を持ち、続く障がい者が出てくるでしょう。
2013年の読売新聞でこんな記事がありました。
『ダウン症の先生活躍中』
ブラジル北東部の港町にある私立ドメスティカ小学校の女性補助教員をしているデボラ・セアブラさん(32)が紹介されていました。
セアブラさんは、精神科医の父と弁護士の母の強い希望で、特別支援学校ではなく、普通の小学校(日本の小中学校に相当)に進んだ。障害者への偏見が今より強かった当時、受け入れ先は容易には見つからず、学ぶ速度も遅いため、9歳で入学し、19歳で卒業した。いじめにもあったが、家族や友人らの支えで乗り越えてきた。
教職を志すようになったのは、普通高校に進んで間もなく。幼稚園での就業体験がきっかけだ。「いつも元気でハッピーな子供たちと一緒に居られる教師になろう」と決意。普通高を中退し、ブラジルで「マジステリオ」と呼ばれる、小学校5年生以下の児童を指導できる教師を養成する高校に入り直した。

(読売新聞2013年11月22日の記事より)
記事の中ではこんなことも書かれていました。
「統計はないが、ダウン症の教師は、彼女がおそらくブラジルで最初」(ブラジル教育省)とされる。
わたしはこの記事を見て、
「すばらしい。きっと同じ境遇者やその家族に希望を与えている…」
と思いました。
もしかして、頑張ることは、
「自分のためだけでなく、誰かのため」
なのかもしれません……。
わたしは、人が頑張る姿を見て、希望や励みをもらってきました。
だから自分の頑張りも少しは人のためになることだと信じてきました。
だから大変な時こそ、
「今の頑張りは誰かのためになる」
と言い聞かせて進んできました。
そう思うと、自分の励みになり、力が湧いてくるのです。