本日のテーマ

【昭和30年代生まれが

これからの世の中をつくる】

 

 

同世代の人と話をすると、何だか落ち着いたり、そうなんだと思えたりすることがしばしばありました。

きっと同じ時代を生きた何かの共通点があるからなのでしょう。

 

 日本が貧しかった時代を知っている…

 高度成長期を知っている…

 その後急成長に歪で公害問題が起こったこと…

 戦争を経験した人たちの話を聞きながら育った…

 地域社会や学校の教育で厳しい指導を受けて育った…

 皆貧しいが家族や地域で協力する環境があった…

 文化や情があった時代…

 

こんなことが思いつくのです。

失ったもの、得たもの、変わってしまったものを経験してきました。

 

昭和30年代生まれの人に感じるのは、今までの時代の流れの中で、

 このままの世の中でよいのか?

 大切なものを失ったのではないか?

そんな不安や、もどかしさ、いきどおり、そしてあきらめ感です。

 

皆、一人ではどうすることできないと心の中で感じているのかもしれません。

そんな思いから、昭和30年代生まれの人たちと多く語り合いたいのです。

そして、

「これからの時代は60代が力を合わせ世の中をつくる!」

そんな仲間をつくっていきたいと思っています。

私たち初老が、若者や世の中の見本となる何かをつくりたいと考えるのです。

 

わたしは、老年から自分の人生を変え、世の中に影響を与えた人たちを手本にしています。

その理由は、今65歳のわたしの人生はこれから本番を迎えると考えているからです。

 

本日は、わたしが手本として元気と勇気をもらっている3人をご紹介しましょう。

 

伊能忠敬(いのうただたか 1745年~1818年)

江戸時代、日本国中を測量してまわり、初めて実測による日本地図を完成させた人です。

55歳から71歳まで10回にわたり北海道から、九州の種子島まで測量を行いました。

測量で歩いた距離は4万キロで、これは地球一周とほぼ同じ距離だったのです。

その結果完成した地図は、極めて精度の高いもので、ヨーロッパにおいて高く評価され、明治以降国内の基本図の一翼を担いました。

江戸時代には60歳は長寿とされていた時代です。

 

やなせたかしさん(1919年~2013年)

アンパンマンの作者のやなせたかしさんは遅咲きの人生でした。

30歳を過ぎて漫画家となりましたが、長い間、代表作がなく焦っていました。
40歳を過ぎて将来への不安を持つ自分の手の平の血潮にはげまされ、「手のひらに太陽を」を作詞しました。
50代では絵本や雑誌「詩とメルヘン」の仕事に力を注ぎ、「アンパンマン」を出しますが、大人たちには不評に終わりました。
しかし、その後幼い子どもたちが火をつけることになります。
そして94歳で亡くなるまで情熱を注ぎ、子どもたちに愛と勇気を伝え続けました。

 

タキミカさん(瀧島未香 1931年生まれ)

現在93歳で日本最高齢のフィットネスインストラクターです。

 

 

 

65歳までほとんど運動の経験はありませんでした。

この歳から運動をはじめ、わずか1年間で筋肉量が5.5%を増加しました。

90歳の時にはこのように語っていました。

「昔よりよっぽど体も動き、ラクに過ごせています」

タキミカさんは言います。

「『加齢』と『老化(衰え)』は別もの。『加齢』は自分の営みであって、誰にでも平等に訪れる。一方で、『老化』は、人間自身が招くのだと思う。『もう歳だから……』『この年齢になって……』というネガティブな気持ちで、何かをあきらめることから『老化』は始まります」

 

 

60代が人生の始まりだということの手本を見せてくれています。

60代でも、

 自分が変わり…

 可能性を自分のものにしたら…

何かができることを教えてくれています。

 

これからは60代の人たちの力を世の中は必要としているのではないでしょうか。

昭和30年代生まれの皆さん、一緒に今後の世の中をどうにかしませんか。

きっとあると思います、私たちが経験して、私たちが見てきたことで、私たちにしか、

 感じられないこと…

 気づけないこと…

 できないこと…

が、きっとあるとわたしは確信しています。